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1999年11月

運動会は我が子の成長をただ見る行事ではなく、
親子のつながりと成長との絶好の機会。
運動会の意義を知り有効に
活用していただければ幸いである

高島第一保育園では、開園以来、毎年10月中旬の日祭日に運動会を実施するのが恒例となっている。本年も10月17日の日曜日に行った。
運動会の成否は八割方天候によって決まる。開園以来30数年、32回の運動会は幸いに天候に恵まれ、雨天順延したことはないが、前日の雨のために運動会当日、早朝から園庭の雨水を掬い雑巾で吸い取り園庭整備をしたことや、午前中は雨で午後から運動会を行ったこと、曇天で天候を気にしながら何とか運動会を終え、その後雨となったことなどいろいろなことがあった。
今年は10月と言えど雨が多く、運動会当日の天候がずっと気にかかりながら準備していた。また子どもの国の運動会も16日にあるので、2日続けて天気であるように願っていたが、当日は快晴に恵まれ、運動会日和となり、楽しい運動会を行うことができた。自然の恵みに感謝しています。
運動会を10月中旬に行う園は少ないと思います。多くの園は9月中に行うようです。
私は運動会の意義は、決して保護者に見せることのみではなく、子どもと感動を共有していただくことと考えています。また毎年の恒例行事だからと、義務感でするものでもありません。保育の中での運動会の意義、保育の使命が運動会によってどう果たすことができるのかを考え、実現させることを願って毎年行っています。
運動会は、年度前半、4月から6ヶ月の保育の成果として、これまで育ってきた子ども達の気力、体力、集団の遊びの中で育つ社会性や集団の中で成し遂げる喜びを、子どものよりよい成長のために一つの行事を通して集約していくものです。そして子どもの心の発達、身体的発達を親子共に実感し、喜ぶことでさらなる成長のための糧となる大切な機会です。決してただのお祭りではありません。
子どもの成長を本当に実感し、感動を共有するためには、そこに子どもの成長がなければなりません。保育者が教えこみ、型にはめ、立派そうな見せかけの運動会をしたのでは、子どもの成長につながらず、感動も呼びません。そういった儀礼的な運動会から脱皮し、「出来た」喜びを「出来る」自信につなげ、楽しさを満喫し、その中で生きる力が醸成され、自立を促す運動会でなければ目的が達成されたことにならない。
運動会を設定する園の側に、運動会に対する基本的な理念がなければお祭り騒ぎで終わってしまいます。それ以上に、園に保育の考え・理念が明確に存在しなければ運動会だけが立派に遂行されるわけもない。
今、子育てとは何か、「三つ子の魂百まで」といわれるその意味は何か。保育の因って立つところを明確にし、保育園設置者、経営者、園長が常に自問し研鑽して、その心が保育者の共通理解となり、保育実践者である保育者の心に定着しなければ成果とはならない。
普段の保育の中では目につかなかったことも園の行事として行う時には、それぞれの保育者の心が子ども達の世界の中から表現される。
理念なき保育の中から感動は生じない。
運動会は保育園が目指す保育の理念を基本に、保育者と子どもが織り成す保育実践の集大成である。保育者全員が共通理解の上に積み上げた実践が成果を生む。
日常の保育の中でもその理念が保育者1人1人の実践に活かされてなければ、運動会での成果とはならない。理念がなければ大きな集団になるほど亀裂を深める。
運動会を成功させるために七月の終わりに第1回目の運動会実行委員会を開いて準備にかかる。そしてその年の運動会のテーマを決める。

宇宙へ飛びだせ1999〜はばたこう新世界へ〜
このテーマに沿って、各年齢で担任が話し合い運動会の種目を考え、内容を検討し、九月から各クラスで遊びの課題を設定し、運動会の準備にかかる。
5歳児では。本年度当初から一輪車に全員乗れることを目標に企画し、運動会で披露することを宣言して一輪車乗りに挑戦し、乗れた子には名人バッジを贈ってきた。子ども達はバッジを励みに挑戦し、ついには殆どの子どもが一輪車に乗れるようになった。
子ども達は夢を与えると勇気が湧き、それに挑戦して、それが「出来た」「出来る」という喜びと自信につながっていく。子ども達は大人では考えられないほど活力を持って生きている。
私も子ども達の逞しさに感動し、

「夢者呼創造起行動過充実時與人生無上歓喜生涯幸也

夢は創造を呼び行動を起し充実時を過ごし人生の無上の歓喜を与え生涯幸せなり」という言葉を認め、多くのひとに差し上げた。
今年の運動会実行委員は5歳がF先生、4歳M先生(委員長)、3歳F先生、2歳N先生・Y先生、1歳T先生、0歳O先生、という構成であった。委員長のM先生は勤務3年目(2年半)、他の保母も新任から4年目までの若い保母が集まって綿密な計画とプログラムを作り、実施に当っての責任分担を決め、当日も中断などの支障も全くなく運動会が行われたことには頭が下がる思いでいっぱいである。
朝八時半に開会し、12時半に終了、約4時間の長丁場である。観客席も手狭であり、大変ご迷惑をおかけしているにも関わらず実に気持ち良い態度で観覧下さったこと、心よりお礼申し上げます。
保育経験が長い者や園長が主導するのではなく、経験が少なくても、夢を持ち活力に満ちている若い力で、それぞれの夢を実現し、子どもに体当りし、成長をしていく。それは子どもの感動と信頼と呼び、子どもと夢を共有し、共に実現していく力ともなる。そんな力を呼び起こし、若い力で保育の充実と向上をはかりたいと思っています。
保育者に充満している保育の心、子どもへの愛情が、子どもの心を動かし、響きあい、共感し、感動を起し、感動を与え、運動会が楽しかったといった多くの良き思い出が心の中に大切な宝石となって生き続けている。
保育とは、何をしたかではなく、どんな心でいたかである。その心に子どもが感動し、結び付けられたそれぞれの心と絆が良き人生を作っていく。
そのように保育とは、良き環境の中で良い人間形成がなされる。それは保育者(担任)と子どもの心の結び付きである。
子ども同士が楽しく、やろうという意欲を発揮し、やれた、できたという達成感、充実感、満足感が保育者や保護者の心に共鳴することで運動会はこの上ないほど盛り上がりを見せる。皆様が感動なされば、それもまた運動会を盛り上げるエネルギーであり、子どもを育てる力ともなっていく。
子どもは目で見えないものが見え、耳で聞えないものが聞え、感性の世界で生きている。
この子どもの心を満たすことが最高の子育てに通じる。その為に必要なのは保育士の資格や経験年数ではない。保育する者や子育て中の両親の心の環境が、子どもの心の発達に大きく関わっていく。
私達が子どもの成長に悔いを残さないためには、子どもから学び、気付いていくことが大切だと思う。
私も30年余の保育の中で、子どもから助けられ、気付かされて保育する心の大切さを感じて、保育の大切さを私なりに理解するようになりましたが、自己実現の未熟さを感じながら、保育の難しさを痛感しています。
子どもだから本物を与えてやることが大切と考え、音楽や絵画についても専門の先生に来ていただいています。また職員研修は、マリンバ研修を小幡亨先生に15年に亘って毎月教えていただいています。マリンバの技術ではなく、マリンバを習うことによって保育する心や成長を得てほしいと思っています。
そして保育者は保育に架ける夢をそれぞれの視点・観点から自己の目指す保育の実現と共に現実に近づけてほしいと思って居ます。
職員のそれぞれが個性ある保育を目指し、協調して保育を進め、園の一体化を図っています。
10月3日、岡山桃源まつり『うらじゃ』踊りコンテストで、本園の保母16名の踊りがグランプリを獲得した。その計画にしても、私はほんの3日程前に初めて聞き、その踊りを見学に行ったが、多忙の合間に意欲的にチームを作り、自主的に参加することは、毎日が楽しく意欲的に過ごせていないとできないことである。また保育する心に共通理解があって初めてチームワークができると思う。今更のように保育者の質の高さを実感した。運動会ではそのチーム「鬼道楽」の踊りを披露してもらい、観覧の皆様からも最高の拍手をいただいた。
私達保育者、教育者に課せられていることは、率先師範が私達の使命である。まずは自分でやって見せる。その心を多くの保育関係者は忘れている。範を示すことで子どもの共感を得て、感動の保育の中で子どもの心が育つ。
すべての大人、特に幼児の保育に携わる者が「学幼児」幼児に学ぶことが最大の課題であると思う。

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