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夢者 呼創造 起行動 過充実時 人生無上乃 與歓喜 生涯幸也
夏至を過ぎ、冬季に向かって日は刻一刻と短くなっていく。日差しは梅雨を過ぎて一層暑い夏を迎える。 7月は保育園も第一期のまとめとして参観日や公開保育講座などを企画し、我が子の姿を見ると同時に子育てについて共に考える機会ともなればと願っている。子どもの素晴しさにふれ、子育てを楽しみ、夢を持って自分の人生を生きて欲しいと願っています。 6月4日は高島第一保育園恒例のプール開きで、これから9月の初めまで、まる3ヵ月間プール遊びを楽しむ。 子ども達は水遊びが大好きです。プールの水温が上がらなくとも、雨が降らなければ曇った日にも水遊びを楽しんでいる。肌を触ると冷たく感じるが子ども達は平気である。唇が紫になって担任が呼んでも水から離れ難い子もいる。 冷たい体も水から上がっている間に体温が上がり肌が温かくなる。大人達は到底子どもの真似はできない。子ども達は自然に順応し自分を調整して生きていく力を持っている。 大人であったら、風邪を引いたらとか、水温が何度なくては入れないとか、理屈を言って行動を起さない。 子ども達はまず行動し、実行して、体験・経験を優先する。特別危険な事には保育者が厳重に注意し環境を整えて保育に当たっているが、少々のことは子どもの自主性に任せて行動をさせている。 子ども達にも個性があり、その取組みもまちまちである。それが持って生まれた天性や、また家庭環境の中で自然に身についた性格・行動が窺われる。 今、日本の教育は荒れ狂っている。なぜこのような状況が生じてきたのか。今の学校教育に我が子を安心して任せることができるだろうか。 もう20年も前に聞いた話ですが、大阪などの教職員組合の幹部は自分の子どもを公立校には行かせず、私立の小学校・中学校に通学させる言われていました。自分達が働いている学校に不信感を抱くような状況で、学校教育の将来が思いやられると、その話をされた人はそうも言われていた。 だが、学校教育の荒廃を招いたのは、学校教育の現場ばかりでなく、幼児教育についても反省しなければならない点がある。 昭和四六年頃、文部省に幼児学校構想が提示された。その頃から文部省は知的発達を前面に出し、幼稚園まで学校教育に連動させ、知的発達を促すことが幼児教育であるという考え方に立ち、幼稚園を小学校教育の予備校とし、保育園にまで教える与えるの早期教育を奨励するようになった。 私は知的発達のみを求める幼児教育の在り方に大変危険を感じ、遊びを重視した保育形態を模索し、だいいちの保育を定着させ今日に至っている。 今、登校拒否や暴力事件など学校が荒れている現状の中で、日本の将来が見えなくなっている。一刻も早く正常化しなければならない。その正常化のためには、文部省の教育行政改革の在り方が最大課題であるが、その方向すらも明示することなく、経済の活性化の予算論議に終始している。今、学校に通っている子ども達は立場の違いはあれ、等しく不幸であると言わざるを得ない。 教育の原点とは何か、私達国民の一人一人が初心に返って熟考することから始まる。教育に対する意識の変革が今望まれているのではないだろうか。 銀行・証券会社・保険会社の倒産から始まった社会変革は、政治・行政・経済・教育すべての面に於いて危機的な状況を示している。それは総て私達一人一人の責任と課題である。 しかし、人間はややもすれば他人を責めることによって責任を回避したり、自己正当化を図りろうとする。頭の良い人ほどそれが巧みである。 教育に於いても、高校での校内暴力・家庭内暴力・登校拒否などの問題に対して、高校の先生達は中学校教育に責任を転嫁し、その後生じた中学での問題に対しては小学校教育の責任とし、小学校は幼稚園や保育園など幼児教育に責任を転嫁し、また家庭にその責任を押し付け、問題を糊塗する傾向が甚だしい。このような体質の中では問題解決はなしえない。
20世紀に於けるこの変革は、人類の存亡を賭けての大変革と私は思っている。 科学の発達は地球の環境破壊となり、環境汚染・資源の枯渇・生態系の破壊など私達人類が犯した罪は莫大である。その責任を痛感している人がどれほど存在し、何をしていくかが人類の存亡の鍵となる。 宇宙、自然界は人類に大きな警鐘を与えている。どうそれに気付き行動するかがこの変革期の命運を左右する。
21世紀は心の時代と言われている。それも一つの指標である。真に心の時代である21世紀を迎えるために私達は何をすべきだろうか。
景気浮揚の為に行政は莫大な負債の上に予算を編成し、社会の混乱を防止しようとしている。混乱なく正常化するならば結構なことであるが、そんな小細工が通用しないほどの極限状態に来ていることをまず認識したほうがよいのではないだろうか。 今の現状を把握し、理解し、また私達がその状況を作り上げてきた張本人であると認めることから、新しい時代の変革は始まる。そして気付き、行動することで時代の流れは大きく変わっていく。
この変革期の最大の主役は乳幼児である。私は常に主張している。 「学幼児」幼児に学ぶことである。 幼児は純真で私達に多くの事を教えてくれている。 目に見えないものが見え、耳で聞こえないものを聞いている。夢と創造を逞しく生きている。 空想と現実をコントロールし、夢の中で生きていく素晴しい能力の持ち主である。 一番驚異的なことは相手の心を読み取って生きていることである。 このように感性の素晴しい乳幼児の子ども達から、私達大人は学び、素直な心で人間はどう生きるべきか、人類社会の生成発展はどうあるべきかと、人間の本性に立返るり、新しい人類社会の生成を模索することが21世紀に向けての人類の課題ではないかと思う。
6月3〜4日「新幼児教育研究会第21回園長セミナー」が岡山で開催され、3日は私が「保育に架ける夢」と題して1時間半の講演をした。参加者は24名で全国から集まった幼稚園・保育園の園長・理事長の職にある人達で研究熱心で意欲的な園経営をされている人達で私もびっくりしました。4日は本園の施設見学と話し合いという日程でした。 多くの素晴しい人達との出会いの機会を得て本当に有難いと感謝しています。 保育・子育てはまず保育者・親の心の在り方、生き様というものが大切で、それに尽きるといっても良い。 私達保育者や保護者の皆様が、子育てとは何か、その意味を考え、意義に気付き、どんな子育てをするべきか、しっかりした理念を確立し、努力し、子育ての喜びを感じ、子育てを楽しみ、心に残る思い出をいっぱい作り出すことであり、その心が子どもの生涯に亘る楽しい思い出の中に伝えられ親子の絆がより深く幸せの輪が広がっていく。 高島第一保育園の保育は、保育者がどんな心で保育に取り組んでいるか、その心が保育の成果につながっていく。家庭の保育も親の心、家族の心が子どもに伝えられていく。 保育園に於いては保育に対する共通の理念の上に実践が積み重ねられる。この実践の積み重ねによって共通の土壌が築きあげられてきた。一夕一朝に保育内容が築かれるものではない。 この保育内容を高めるための保育者の研修は園の最大の課題であった。 今年度は5月8日、6月19日、7月24日の計3日間、午後1時から6時まで5時間の研修をつしま苑にてチャイルドケア・ジャパンの栗山先生を講師として行っている。共通の理解の上に保育者それぞれの個性を生かした保育資質の向上を図り、子ども達の幸せのために保育に精進したいと念じています。 保育を高めることは保育者自身の意識と成長による外なく、自分が何に気付くか、気付いてどう行動するかが大切です。 新しい時代は一人一人の力で作っていく以外に道はないと思っています。 |
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