巻頭言トップメニューへ

1998年10月

保育とは、保育者の心を子ども達に伝え、
子ども達の人格を形成する大切なものである。
ここで伝えられた心は生涯に亘って
子どもの心に残り生きていく。
善き思いを一杯伝え、
素敵な人生を生きる保育を目指して

和歌山で町内の自治会の夏祭りのカレーに毒物を混入し、死者4名ほか被害者を数多く出した痛ましい事件は、それだけではおさまらず、全国各地に連鎖反応で似たような事件を引き起こした。社会の常識が見えない所で狂い始めていると感じさせられる。この社会背景に何があって、この様な事件が起こるのだろうか。

今の日本の金融は実質的に崩壊して、それが世界の経済の崩壊につながろうとしている大変な時代を迎えようとしている。経済成長・好景気の時に生きてきた現代日本人には全く未知の世界である。しかし、歴史は循環し、楽あれば苦があるのが世の常である。奢(おご)る平家も20年で滅んでいった。

今までの私の75年の生涯でも、生まれた年は大正12年であったが、その年は関東大震災で東京が灰燼に帰し、13年頃に日本の銀行が崩壊し、昭和四年、アメリカの株の暴落によって世界恐慌が起こった。当時の浜口内閣による金融引き締めは不況に一層拍車をかけ、借金している者は支払が出来ず、食べさせてもらえれば給料がもらえなくても働くというほど働く場所もなく、ルンペンなどが多く街角をさまよう時代であった。それに似た状況が、今まさに到来し、かねて懸念してきたことが現実化してきた。

この厳しい時代に、今一番大切な事は何か、それを見失うと時代の波にさらわれ大変な人生を歩むことになる。

新しい時代は、学歴社会でもなく、組織でも権力支配の社会でもなく、人間の信頼によって造り上げられた社会である。人から信頼されることが人間の価値とされる。それは心の社会であり、人間としての生き方にかかっている。

その根本は、自分の人生を生きようとする基本的な考えをしっかりと持って、その目的を実現する努力を積み重ね、実践することである。

その人間として生きる基本は、家庭や保育園の保育環境の中で大部分が培われる。人生の中での乳幼児期の保育・子育ての重要性を理解し、この時期にどんな子育てがなされるかによって、子どもの将来の明暗が自ずと分かれてくるように思う。

この大切な子育てに携わっているのが私達保育者である。その保育の責務をどう理解しているか、また自分自身の人生を善く生きようとする保育者の考え行動が、保育の成果に繋がっていく。

素敵な人生とは何であるのか、今の時代は価値観も多様化して人それぞれの見解は違う。保育に携わる目的もきっかけもそれぞれ異なっている。

社会の学歴優先のレールに乗せられ、試験の点数によって人間が評価されている現代の教育の中で、積もり積もった膿が出されている。戦後の教育は大きな欠陥があったが、特にこの短い期間の間に、営々と受け継がれてきた日本の心や伝統というべきものを喪失し、自己の責任を果たさずして権利要求は強いという風潮を民主主義の名の下に作り出してきた。

中でも日教組の教員組合活動が日本の教育の本質を曲げたとも言える。個々には素晴らしい先生がいても、その教育理論や実践を異端視され、その本領を発揮できずに終わる。人間教育を目指した自由な教育は現代の学校教育では望めないように思う。

保育者養成校からの依頼によって、保育実習を受け入れた保育者が、精一杯保育者指導の任に当たったところが、実習生は実習が厳しいとその学校に伝え、学校側からその由を主任に伝えられた。

しかし、保育の現場の厳しさを実習生に全く教えない保育実習に意味があるだろうか。担当の保育者は保育の大切さを伝えようとして一生懸命である。学校側も実習生も社会の厳しさを全く知らないから、保育実習が厳しいと苦情を言われるのであるが、さまざまな職場で働く保護者が、果たしてそのような考え方の保育者養成校出身の保育者に我が子を任せたいと思えるだろうか。保育の大切さ、保育者養成の重要性を学校側はどう考えられているのか判断に苦しむ。

資格優先の風潮の中で、日本の制度が空転している。資格即ち保育者適任とは言えないし、資格を持たなくても素晴らしい保育のできる人もいる。

教育の在り方について文部省も受け持ち人数の減少などいろいろ教育改革に取り組んでいるが、教育者の質が変わらない限り、期待できる学校教育とはならない。

この様な状況の打開は、保育園、特に私立保育園が創造的な保育を模索し、保育の原点に立って「三つ子の魂百まで」の保育の重要性を念頭において、子どものための保育を実践の中で自分なりに努力していく事にかかっている。

真の保育は一朝一夕には実現できない。日々の小さな努力の積み重ねである。高島第一保育園は開設以来32年の保育の歴史の中で築いてきた保育の上に、各々の保育者が創意と工夫を逞しくして、それぞれの自由な発創の中から、自分の保育課題を構築し、子ども達が幸せに生きる力の基礎作りの保育に専念している。

平成9年度は30年に亘る高島第一保育園の保育計画を保護者の皆様にご理解いただくため「だいいちの保育」を作成し、今年三月に新入園児の保護者に周知徹底を図って説明会を開き、また五月のクラス懇談会で在園の保護者に配布して説明をし、新しい時代に向けての取り組みを明示し、子育ての重大さを理解していただくよう努めてます。

この「だいいちの保育」は、北海道社会福祉協議会、石川県社会福祉協議会、宮崎県社会福祉協議会、その他、全国の保育に携わり真剣に今後の保育の在り方を模索している方々からも関心を寄せられています。私達が30年間積み重ねてきた保育が共感を得てきたことと嬉しく思います。

保育理念や保育の計画などについて方針を明示するのは園長の責任で、その方針に従って全職員が共通の理解の上に保育に精励してくれています。

保育は形ではなく形式でもなく、各保育者が自由な発創で、子ども達の姿を見つめながら、その上に自分の夢を描き、子ども達と共に造り上げていく過程であり、その実践の積み重ねだと思います。それぞれの保育者が意欲的に、あるいは夜遅くまで残って、あるいは家に持ち帰って精一杯取り組んでいる姿に、この時代に稀な有り難いことと、頭が下がります。若さと情熱があるからこそできることです。この保育者の情熱と子ども達の心が一体となり、保育者の心が子どもに伝わり、子どもの心に生き続け、子どもの生涯に亘って幸せの原動力となる。それが保育者にとっても最大の幸せを呼ぶことであり、子ども達から多くのことを教えられ学び、多くの恩恵を受けている。子ども達に感謝して生きたいものです。

親にとっても同様で、子どもの幸せは親にとってもこの上ない幸せで、子育てを通して人生の意義を学び、成長し、子ども達から多くの恩恵を受け取る。だからこそ、高島第一保育園の保育の理念をご理解いただき、子育てに前向きに取り組み、たくさんの善いこと楽しいことを子ども達を通して手に入れていただきたい。楽しい子育てをしてください。保育園として出来る限り、子育て支援、育児相談など応じますのでご利用ください。

10月は運動会。4月から集団保育の中で成長した姿を見て、子ども達の発達の素晴らしさと無限の可能性、乳幼児期の保育の大切さを感じてくださればこの上ない喜びです。

先頭へ