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10月18日台風10号は岡山県東部を襲い、かつて経験したことのない雨台風であった。土砂崩れなどで家が崩壊し、人命も失われるなど悲惨な爪痕を残した。 小渕内閣誕生から4か月。不況と失業、企業の倒産…。金融機関の不良債権は根深く、その正常化のために国会は論議し、景気浮揚策として減税、大型予算など模索は続いている。 防衛庁では、業者と癒着し、防衛庁ぐるみの不正事件が発覚し、大臣の進退問題にまで発展し、今、日本の前途は不安のみで方向の定めようがない。 これらは戦後50年に亘り、教育・行政・政治・国民の成した業である。自然に対する人間の驕りや、精神文化の軽視もまた、このような現状を生み出してきた。この解決の途を探ることが、今、神から人類に与えられた大きな試練だと思う。 謙虚に反省し、一人一人が自己の責任を追及し人間としての原点に立ち返らなければ社会の正常化は望めない。 あらゆる面において崩壊が生じているこの時代の意味を、私達は謙虚に受け止めて再出発に向けての努力をしていくことが、今、私達に課せられている。その自覚なく、道を誤ると自ら滅亡を招くことになる。 私達一人一人が運命の選択をする大切な機会を神から与えられている。その機会を与えられている事に感謝し、自分を見つめ直して考え、行動をしていくことが必要である。それはまず自覚することから始まる。 批評をすることは簡単である。また無責任だとも思う。一人一人が意義有る人生、価値有る人生を生きるために、どんな道を選択し、行動するか。真剣に考え、自分がするべきことをやっていく為には、知識も実践も必要である。それは人から与えられた知識ではなく、自分に与えられた課題をやり遂げる中で自分から求め深く詮索して得られる生きた知識でなくては役に立たない。 自分の人生の目的、目標が高ければ高いほど、そこには難関が待ち受けている。それを突破し夢を実現するためには知識、実践の他にその人の人間性がものを言う。一人で何かを成し遂げる事は出来ない。偉業は必ずそれを理解し援助する人達がいて初めて実現する。一番大切な事は、よい人との出会いの中で自分の人間性を高め、人から信頼され人を信頼できるそんな人間関係を築き上げることである。 今の時代、哲学を持たない人間が横行している。和歌山での砒素中毒事件を筆頭に凶悪犯罪は大抵巨額の金銭奪取のために起こっている。大なり小なり、地位を利用し、権力によって金銭のために曲がった行動を取りやすいのが人間である。学歴社会も、つまりは地位を確保するためのもので、知識・見聞を広げ、人間性を高めるために高学歴を獲得した人間は殆どいないと思う。学校教育とは何かと問いたい。資格とは何か。就職という目的を果たしたら、教育で得たことは忘れてしまう。資格と紙の上だけの専門知識だけの人がいる。さまざまな業種があり、さまざまな専門知識が必要とされ、さまざまな資格がある。そして、それぞれの役割と使命がある。 しかし、その立場を得ると自分の都合で行動し、自分の利害を優先してしまいやすい。それぞれが極に達し、それぞれの業種で、何人もの人が自分勝手に行動していった結果が今日の事態となってきている。金融の不良債権も庶民には貸し付けられず、特定の業者や金融関係のトップなどには無担保で、また価値のない物件を担保に貸し付け、一部の者が多大の利益を享受し、金融は崩壊し、そのつけが国民に回ってきている。 組織が肥大化し、国民・庶民・住民の声は無視される。役職についた人達は、その立場を利用し、自己の都合や特定の相手と馴れ合い、利益擁護を図りやすい。人間だから時には過ちをおかすこともあり、多少は容認さざるをえないが、今日の起こっている事態は到底容認出来るものではない。腐敗や犯罪の多くが常識を大きく逸脱し、組織化し、計画的、大型化してきている。 この原因は、哲学・倫理・道徳に欠けた人間教育にある。戦後教育を顧みて反省し、教育の改革が緊急に必要であるが、文部省の教育改革には今だに見るべきものがない。 日本は古来から万物に神を見る神道の思想に加え、大陸から仏教が伝えられ、その薫陶の下に日本人の心が醸成されてきた。江戸時代には中国から儒学を取り入れ、それぞれが刺激となり、見るべきものは取り入れ、中江藤樹や二宮尊徳など沢山の思想家を生んだ。それらの思想の延長線上に明治、大正、昭和があり、その系譜は戦前まで続いていた。 敗戦で、アメリカの占領政策によって、民主国家となったが、それは日本人の心から生まれたものではなく、アメリカからのお仕着せを、深く考えもせず取り入れただけのものであった。そして義務履行を忘れ権利主張の声ばかりが次第に高くなってきた。真面目に働き、一生懸命務めを果たす人間は次第に社会の隅に押しやられ、顧みられなくなった。そのような心を失った日本に明るい未来は望めない。 戦後五十年を過ぎ、全ての領域に亘って崩壊が生じている。その崩壊をくい止め、輝かしい未来を創るためには、日本人の心の在り方を変えることが最重要課題である。 その重要課題を誰が成すのか。本来、教育改革こそがその道であるが、文部省の教育行政にはその力はなく、庶民の心を知らない官僚による行政では、国民が期待している教育は望めない。この現状を一人一人の国民が自覚し考えて行動しないと日本の再生は難しい。 管理・統制されて国民も多くが、創造力や夢を失ってきている。大変情けない状況と言わざるを得ない。 しかし子どもには希望があり力がある。夢を持ち、飽かずに挑戦を繰り返し、ついには夢を実現していく。この力を失わずに成長することが出来たら、そんな子どもが数多く成長したなら、と大人の心にも希望の光を灯す。 だから私は「学幼児」「幼児に学べ」と繰り返し言ってきた。子どもに学び、その教えられたことを謙虚に一歩一歩実現する努力が、今私達に課せられている。 その先頭に立っているのが保育者である。子どもの心を知り、日々学び、実践しているのは保育者をおいて他にない。 保育園が核となり家庭と地域をつなぎ、連携させていく。子育ての不安や悩みに答え、子どもの心を満たし、親子それぞれが少しでも毎日楽しく過ごせるように心を配り、子育てのための手助けをすることで、親子それぞれが充実した毎日を送れ、価値有る人生を送れるように環境設定していく。それが保育園に課せられた役割であると信じている。そして、その役割を果たす中で、保育園は地域起こしの核になり社会になくてはならない存在として信頼され認められていく。 かつては小学校が、地域の中心としてその役割を果たしていた。地域を結び、人々の心を結ぶ大切な懸け橋であった。今では地域と隔絶し、閉鎖的な場所となり、地域の住民は活性化する機会を失っている。 以前私は、高島第一保育園創立25周年を記念して、平成の新しい時代を創造し、保育園がその新しい時代の担い手として充分に機能を果たすために、地域の子育て支援センターとなるべき多目的施設の建設を計画した。保育園が「保育に欠ける」児童預かり所ではなく、真に意義有る幼児教育の施設として理解され、保育園の実践の成果を広く世の中に伝え、出来るだけ多くの人に保育の心を知ってもらいたいと思ったからである。そして、老人と子どもとの交流や、さまざまな大人との交流の場として、また、子ども美術館や子ども図書館などを併設し、地域の人達の拠り所となる地域活動の場として活用されればと考えて、平成2年に提起し、日本船舶振興会に補助金を相談したが、岡山市と岡山県の反対にあって実現できず、県は一旦約束をしておきながらそれを反故にし、地域の発展の可能性を妨げたことは思い返すたびに腹立たしさで一杯な気持ちになる。 新しい時代に対する、このような理解のなさは実に残念であるが、このたび私は当初の思いを実現し、子育て支援センターを建設することが出来、大変嬉しく思っています。設計をしていただいた白金建築設計事務所及び施工して下さった児島建設の皆様にこの場をお借りして感謝の意を表わしたい。 10月末に工事完了し、11月からは子育て支援センターとして、より良い活用の途を模索して行くことになります。保育者として、社会に於ける保育の使命を果たし、地域の明るい未来と豊かな文化を育てるために頑張っていきたいと願っています。 |
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