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1998年7月

意義有る人生の根幹は保育に存す
善き人、善き環境は善き感性を育て
生涯幸せ也。

平成10年も半ばを過ぎ、後半を迎える。時は瞬時に去って行く。先祖から与えられ、個性豊かに生まれた自分の生命体を、無価値な物にして生涯を終えることを残念至極と感じない人達が大半を占める時代を今日迎えている。人生とは何か、この世に生まれ出でた意義、人生の価値とは何かを問いただし、価値ある人生とは何か、それぞれが考え気付き、その目的を果たすために鋭意努力することが私達人間に求められている。これが20世紀末における最大の課題ではないかと思っている。

それは人に求めることではなく、自分の課題であり、自分の人生について考え行動し、それが人にも伝わり世の中に変化を起こすこととなる。

栄枯盛衰は世の常である。水が高きから低きに淀むことなく流れるように、物事もまた変化していく。

自然は輪廻して法則に従って動いている。

6月21日は夏至であった。夜が一番短く、それを過ぎると一日一日、日が短くなって行く。そして12月22日で冬至を迎える。昼が一番短く、夜が長い。冬至から夏至までの時期は、陽の時期であり活動の時期である。草木が芽吹き、葉をつけ花を咲かせる。植物や動物が生長する時期で、この時期に怠惰に過ごすと良き収穫は望めない。

日本人は自然を相手に農業を営んできた。八十八夜に籾蒔きをし、梅雨の時期に田植えをし、秋に稲の収穫をし、1年間の食糧を確保する。その時期時期に努力し、その努力にふさわしい結果を得る。生活や自分の行動を通して自然界の法則を体に刻み、人間の生きる道を心の奥底に刻み込む。自然に感謝する心、親に感謝する心が日々培われ、自然の恵みに感謝する心は敬神崇祖の想いを育て、人間の生きる力の根幹となる。感謝する心が人間社会を構築してきたと思う。

今、多くの人間はその心を失い、社会の混乱を招いている。不況といわれ、政治は経済政策に力点を置いている。確かに経済不安が、今日の社会不安の大きな要因ではあるが、経済政策に政治力を集中しても、その解決にはならない。

人類の横暴・愚行によって地球の環境は大変な局面を迎えている。環境破壊はこれ以上許されない、ぎりぎりのところまで来ている。自然界は人類に反省を促しているのではないだろうか。

科学万能の信仰によって、地球の環境は破壊されてきた。その私達人間の生き方が今、問われている。これから如何に方向転換をし変革をし、自然と共存できる道を見い出すか…。そのための大きな激動の時代にこれから突入していくと思われる。

最も大切な課題は心の問題であり、21世紀は心の時代と言われている。まさにその通りだと思う。

このような時代に生きて行く子ども達が、その人生の始まりにおいてどのような考え方にふれ、育てられていくかが、その子ども達の人生の明暗を分け、また新しい時代の明暗をも分ける。私達の取り組んでいる保育の重大性を痛感し、保育に携わる責任の大きさを認識したいものである。この認識の中から、新しい時代に生きるための保育の在り方を模索し、創造の保育を展開していくか…。それが高島第一保育園の保育の取り組みです。

戦後五十年、日本の社会の仕組、経済の様相は大きく様変りしてきた。かつて農は国の大本であり、自給自足できており、大家族制度の中で家族は老人から子どもまで農業生産に携わって励んできていた。汗を流し、生産に従事し、その中で生きる力を与えられ、自然の中で生かされていることに感謝し、自然から多くのことを学んできた。小さな子どもの頃から、家族の手伝いをし、自分の出来ることを精一杯して、その中で家族の中での自分の役割や存在の意義を感じて育ってきた。人間として生きていくための大切なことを、誰に教えられるでもなく、自然に学びとって身につけてきた。

今、そのような生活体験を味わえている人は数少ない。そのような人々の孫が、今の保育園児の保護者である。

保育とは畢竟人間である。善い人との出会いがあって初めて保育の目的が達せられる。

善い人とは何か、何を基準に考えるかは人それぞれ異なる。しかし私は次のように考えている。

保育園での子ども達の集団は、生まれながらの人間の素晴しさを失っていない最高の集団で、子どもが初めて出会う仲間達である。それは子どもにとって終生忘れることの出来ない素晴しい出会いであり、人生の基礎はその中で培われる。子ども達は、皆それぞれ豊かな個性を持ち、夢と空想を逞しくし、不足や愚痴を言う事なく、何にでも興味を持ち、関心を示す。生きる力を育てる活力は幼児期に自然から与えられている特権である。人間としてこれ以上素晴しい善き人はいない。そんな集団のなかで子ども達は自らを高め成長していく。

その集団を活気づけ高める工夫と実践が私達保育者に課せられている。

保育者の意欲的な取り組みと、その、意欲的な保育者の育成が保育園にとって最大の課題である。その為に高島第一保育園では、30年間の保育実践の中で、保育を創造し続けてきた。保育者も保育に夢と喜びを感じ、子ども達の成長を喜び、それぞれの保育者が力を合わせて取り組んで年度初めに各クラス毎に保育計画を立案し、それに基づいて実践し、反省して記録し、自らの保育を高める努力をしている。そんな姿を子どもは感じ取り、自分達の心に反映させる。保育者の事情が子ども達に反映する。乳幼児期における環境は、すべて親や保育者に関わっている。

保育園での善い保育者の育成とともに、保護者の皆様が保育の意義を理解し、保育者と子どもとともに歩んで行くことのできる共通理解、共通の夢を持って頂くことが大切な課題であると思う。子育て、子どもから学ぶこと子どもと共感することの楽しさと喜びが子どものより良い成長につながっている。保育園は只の子ども預かり所ではない。人生の最良の時期を無意味に消耗させる場所であってはならない。最良の時期に、子どもがより良く成長するためにできるだけの協力を保育者と保護者がしていく場所でありたい。そしてそれは、保育園のみならず、日本民族ひいては地球人類の未来に関わっている。

親子の絆も、親子の幸せの基礎もこの時期に深めていくものと思う。そうして、親子の絆が深まっただけ、保育園での子どもの集団は高まり、さらに素晴しいものになる。それは家庭の幸せをさらに強めるものと思う。

子どもは素晴しい。我々大人の心が、そんな子ども達にとって善き環境となり、善き影響を与えるものでありたいと願っている。

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