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昨年の4月、国会で児童福祉法が改正され、それに基づき本年度は保育所運営が変わり、特に保護者の皆様は、従前は各市町村長に入所申請書を提出し、各市町村長が申請に基づき決定し、通知され、保育園を選択する余地はなかった。今年度からは、保護者が保育園を選択出来ることとなり、各保育園から市町村長の承認を得ることと変わったが、実務上は定員規模が定められていて、選択し希望している園に入園できなかった人もあり、年度途中からの入園は困難になっているのが岡山市の実情である。 高島第一保育園を希望して下さって申し込まれた方の中にも、定員枠のためにご要望に応えられないでご迷惑をお掛けした方もあり、入所受付期限を過ぎてから多くの問い合わせ、申込をいただいたりしたがご希望に添うことができず申し訳なく思っている。 皆様の要望に応えようと、岡山市長に定員を50名増加することを申請し続けてきたのですが、昨年度は市長が保育所問題審議会に提案したがそこで否決され、定員増は果たされなかった。 市長の諮問機関の権限・権能とは何か。岡山市長の対応に疑問を感じる。地方自治法に照らし、市長は保育行政に確たる方針をもって、それを明示されるべきだと思う。 岡山市が中核都市に移行し、県から大幅に権限を委譲され、市長の権限が強まり、本来岡山県の行政管理下にある保育所をも管理する立場になった。それまで厚生省の通達などは、県を通して送付され、保育所監査は各地方振興局の管轄であった。 一昨年から岡山市に総ての権能が委譲されているが、岡山市当局から住民福祉の一端を担っている保育所に対し、確たる保育所運営の所信は明示されないのみか、児童福祉法の改正に伴う保育行政の変化についても、岡山市の展望がどの様に模索されているのか、私達には岡山市の行政対応が見えてこない。 岡山市の財政も相当厳しい状況にあると聞いているが、その状況下で保育所の抱える課題を如何に遂行していくのかその方針をしっかりと持って明示してほしい。その方針と理由を明示し市民の理解と協力を得た上で行政に取り組むべきである。 私が市当局にお尋ねしたいことは
現場で保育に携わり、知識も狭く視野も狭い身であるがそれでもこの様な事が頭に浮かぶ。政治行政に携わり、広い知識を持たれている専門家の皆様は岡山市の保育問題をどのように捉えておられるのか、どんな考えで岡山市の保育行政を模索されようとしているのか。 保育所行政に関わる専門家の皆様には、市民、特に現に大切な子育てに関わる市民が納得し協力をしたくなるような情熱を持って、次代を担う乳幼児の保育のための行政配慮をしていっていただきたいものです。 平成10年度の保育が始まって一月を迎えます。進級した喜びと自信が一段と大きくなり、わずかの期間で3月の頃よりも目覚ましい成長を遂げています。 4月の入園では不安が一杯であったと思います。戸惑いもたくさんあったと思いますが、先輩の活力ある集団に触発され、また多くの友達や担任との関わりのなかで不安も次第に薄れていき、その子の中でいろいろな事が育ち始めています。 大人達が躾を身につけさせようとか成長させたいとか思っても、口で教えたり命令したりしたことは意味をなさない。まして感情でものを言ってはならない。子ども達は大人の言葉を聞いているのではなく、行動を見て心を判断している。本当にこうあって欲しいと念じているならば、理路整然と子どもに話し、本当に納得がいくように説明し、そう行動しようと思えるように導くべきではないか。それを繰り返す努力と行動で範を示すことが保育者の役目であり、こうして欲しい、こうあって欲しいと念ずることは保育者がまず実践することである。そうして初めて子ども達は見習ってくれる。 子ども達は、本物と出会い、その心地よさ素晴しさを感じると、見習い自然に身につき、心の奥深く刻み付けられる。保育とは保育者の心が伝わること、保育者の魂を伝えることである。 度々申していますが、保護者の皆様は、今年から、保育所を選択する責任を課せられている。選択とは何か、何を基準として保育園選びをされ、この数週間、子どもを預けていただいて何を感じられたのでしょうか。 なぜこの保育園を選んだのか、子どもをどう育てたいのか、自分達の家庭をどのように作り上げていきたいのか。目的・意図が明確でないと、子どものよりよい成長には結び付かない。親が楽しく過ごしていないと、子どもも楽しく満足感のある生活は送れない。子どもは常に、言葉では表現できない目に見えないものが見え、言葉にならないものが聞こえている。感受性の強い時期でいろんな事がわかっている。子どもだから分からないだろうと馬鹿にしているような大人は人間失格である。 子育ては親育ちの時期です。負うた子に教えられて、子育てを通し、親として、人間として成長するよい機会に恵まれたと、子どもに感謝する心が自己成長につながり、新しい輝かしい人生の再出発を迎えているのが保護者の皆様であると思っている。 今の学校教育は、危機を迎えている。これは教育界が日教組の組合運動のなかで混迷し、そのつけが今芽吹いている。総理が教育改革を論じても、実際には改革は不可能に近い。今までの教育の考え方、体質では無理である。 子ども達は、日本国憲法によって教育の義務を負わされ、学校に通学しなければならない。教育は自由であっても、文部省の指導の下、教科書・教育過程が示され、偏差値教育のなかで評価され、楽しくない学校教育のなかで義務教育の9年間を過ごさなければならない。 人間は好きなことは夢中で取り組めるが、不得手なこと、出来ないこと好きでないことは興味をもたないし、したくない。しかししたくないことを無理やりさせることが教育だと考えられ、思いっきり好きなことに取り組もうとすることは許されないような社会となっている。そして学校嫌いとなり、あるものは他の子をいじめ、いじめられた子は不登校になったり自殺したりする。教師の側から抑えつければ子どものなかに反抗心を育てて、返って状況が悪くなる。 これが学校を荒れさせている原因で、解決は簡単である。まず子どもが夢中になれることに取り組み、それを誘導し発展させて教育の原点に立ち向かわせれば、それぞれがよい個性を発揮して真の教育の目的が達せられると思われるが、今の学校教育のなかではそれが許されない制度と化してしまっている。しかし子どもを不幸にするために学校教育があるのではない。子どもを不幸にする原因が学校教育のなかにあるのであれば、それは改めなければならない。 子育て・保育が人間育成の大切な課題であることを再認識しなければならない、大変な時代を迎えている。 しかし、子育て・乳幼児の保育に真剣に取り組み、乳幼児と肌で触れあってきた人でないとこの大切さは到底理解出来ない。 保育学者にしても、立派な講義をされていても、実際に子どもの素晴しさを知らないのでは、子どもの理解者ではないし、保育の理解者でもない。乳幼児の心や本当の保育のありかたを知らない人達が教育界のリーダーとして多くの人に指導し、行政に携わっていたりするのが現状である。 保育・子育てを通して、人間育成の原点を乳児・幼児から学び、日本民族の再構築を図りたい。教育のありかたを真剣に模索し21世紀に向かっての教育課題としたい。 |
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