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1997年9月

変革の時代・大きな危機を乗り切って
新しい時代をつくる教育を目指したい

今年は大型台風が日本を縦断したりなど例年にない動きを見せ、豪雨をもたらし、盆明けにも台風13号が沖縄を襲い、中国大陸に向かった。私たちは台風といえば二百十日頃来るものと思っている。二百十日と言えば立春から数えて210日のことで、9月1日ころとなる。

水稲が大体8月下旬頃から出穂するので、それが開花する頃に台風がやってきて被害をもたらす。台風といえば九月の風物詩であったが、それが大きく変化しはじめている。

この自然の変化とともに、人間社会においても未だかつて経験したことのないような出来事が日常茶飯事と化しつつある。

さまざまな事件、思い出すのも嫌になるような事件が次々に発生する。私の人生の中でも想像だにしなかった出来事が頻発し、次第に深刻になっていく社会。この先いったいどうなってしまうのかと、暗澹たる思いである。

神戸の中学3年生が、小学生を殺害し、その残酷さは筆舌に尽くしがたい。それから各地で通り魔や誘拐殺害事件の続発、冷蔵庫に祖母の遺体を隠したり、妻が夫の死体をバラバラにしたり、長男を脱水症状で死なせるなど事件が山積されつつある。この原因はなにか、その認識と理解は私たちに課せられた大事な課題ではないだろうか。

この原因究明は実に簡単である。戦後 年のなかにその原因があり、今の日本人の心の中にわだかまっている思いがあって、それを端的に表現すれば答えはすっきりと出る。

この大変革の時に、その非を認めることをしない、そういう日本人の心の在り方に問題は潜んでいる。

それぞれの持ち場、体験・経験の中で心情を吐露し、日本の未来のためにその原因を探究することが、現在の私たちの責務であると思う。

特に政治行政や報道に携わってきた人は昭和・平成の時代を動かして来た人の責任は重い。

今、その掌に携わってきた人たちが、今までの現状把握と反省の上に、新しい時代を展望し、それに向けて軌道を修正すべき時代を迎えている。過去の責任をただ追及するのでなく、今、何が必要なのか、何をすべきなのかを明確につかみ、行動しなければならない。

過去の責任追及には意味がない。総てのひとが総てにかかわりを持ってこの時代に生きている。大なり小なり総ての人はこの時代に責任を持つ。

その自覚を持って、日本人としての原点に立ち返り、自分は何をするべきか、何をしなくてはならないかを考えていかなければならない。

法規制は人が幸せに生きていくために人が考え、作ったものであり、人を縛り裁くために作ったものではない。物事の本来の意味を、ともすれば人は忘れてしまいがちである。本来の意味が失われているときには、立ち止まってもう一度考え直すべきではないだろうか。

かつての日本の武士道とは何であったか、その是非はともかく、それぞれが良識に従い、自然を大切にしてきたその伝統が失われてしまった。自分の拠って立つべき基盤をほとんどの人は持たず、持っていないことすら意識していない。それが現代の日本の荒廃の最大の原因と思われる。

今の橋本内閣は行政改革を押し進め、私たち国民の一大関心事であるが、進めていくに従って、当初の抜本改革が骨抜きになり、官僚主導の行革臭が濃くなってきた感が強い。

小杉文部大臣は心を育てる教育改革とか、生きる力を育てる教育とかを提言されている。文相の教育改革にかける声を、教育改革に取り組む委員、また、その起業や纏めを行う文部官僚が、より具体的に国民に分かりやすく、実践しやすいように明示し、それを教育現場で実践してその成果を示してほしいと念ずるものである。

裏返して言えば、今までの教育は何であったのか、心を育てる教育はしていなかったのか、今までの教育の在り方は何か。今までの教育がどういう教育であったかを明確にしなければ教育改革はあり得ないのだが、そのあたりの認識はどうなのであろうか。

『義務教育』とは子どもが教育される義務ではなく、大人が子どもに教育の機会を与える義務である。それをはき違えている大人がなんと多いことか。そして子どもに義務を負わせ、無理矢理勉強を押しつけてきた。それでは心を育てるどころではない。

しかし心を育てることは基本中の基本である。その基本が疎かにされて来たそのツケが今日の日本の社会の混乱の原因となっていて、その責任は文部省に追うところが大きいが、最大の問題はそれを認めようともしないところにある。

敗戦により、日本は米国に占領され、占領政策の一環として教育改革がなされ、教育の機会均等、民主主義教育を柱として、それまでの天皇崇拝、軍国主義はすべて撤去された。教科書も改革に合わないところは墨汁で消し、改められ、校庭からは奉安殿・忠魂碑・二宮尊徳像などが姿を消し、校則なども占領政策に従って改められた。

教育改革は占領政策の重要課題であった。それは日本の精神風土の中の、戦争を引き起こした要素をすべて排除し、二度と戦争をしない平和国家に変えてしまうことであった。しかしその中で悲しむべきは、生き生きした民族の心までが葬り去られてしまったということである。

どんな素晴らしい思想や改革も、日本人の自発的な行動や反省の中から生まれたのでなければ、真に根付かず価値あるものとならない。

教育基本法(昭和22年法律25号)も、内容はすばらしいものである。しかし、日本人の本来の姿を否定した上に成り立つ法となると、その法の拠って立つ土台はどこになるのであろうか。気骨のある真の日本の教育者というべき教師は教育界から次第に去って行かざるをえなかった。当時の文部省は占領軍からのお仕着せの教育理念を、十分な検討もないまま教育の現場におろしてしまった。自分たちで考えて解いたわけでもない宿題を、ほんの少し文法を変えて提出している現代の学生たちは、まさしく戦後の教育の申し子である。

それらの政策の中で、自発的に何かをやっていこうとする教師は叩かれ、あるいは妥協し、あるいは現場を去り、逐われていった。教師の立場を守るために組合が出来、教員組合は国鉄労組についで権力を持つようになった。そのような流れの中で教員の体質は変わってしまった。

私は教育者を責めるつもりはない。このような環境の中でも精一杯努力している教師は多くいる。しかし、一人ひとりが努力していても報われないような現実の中で改めるべきは何かということを、もう一度じっくり考えるべきなのではないだろうか。

教育は国民すべての課題である。国民のひとりひとりが教育の正常化の方途を見いださなければ教育改革につながって来ない。

この大荒れの時代にこそ、改革の千載一遇の好機がある。この機を逸してはならない。

  1.  民主主義教育は公教育一辺倒で偏る。
  2.  学校は個人の選択制を原則とする。

権力者の都合で教育があるのではなく、個人が幸せに生きていくための教育でありたい。

現代の教育の誤りは、国や文部省、教師や親たちが子どもの心を無視し、教育を進めてきた結果ではなかろうか。特に学歴を優先する社会の産んだ悲劇である。

人間は神から授かった天性があり、それぞれが個性を持ってこの世に生まれてきている。その天性を引き出し、自分で気づき努力し磨くことが個々の幸せに通じる道だと思っている。

昔から『三つ子の魂百まで』と言われ、この時期の保育・子育ての在り方がそのひとの生涯に大きく関わっている。

高島第一保育園31年の保育の中で、乳児・幼児に教えられ貴重な体験を得た。私たちは常に保育を模索し、目標を立ててきた。今になって心を育てる教育とか、生きる力を育てるとか言われているが、私たちの園では、長らくこれを課題として保育に取り組んできた。

理論・理屈のみで知識として保育していても本当の役には立たない。経験し肌で感じた人にのみ与えられる人間教育の本質である。それを経験し肌で感じてきた私たち保育者がスクラムを組み、保護者に訴え、子育ての意義を理解して行くことが本園に課せられた保育課題と考え、夏季保育中に保育に取り組む大綱を作成し、これからその具体論を作成し、保育者全員がそれぞれの個性を生かした実践に取り組み、それを基に保育者の輪を広げたいと思っている。

教育の改革は保育園の保育が原点で、幼児に学ぶ保護者・大人の態度が教育を大きく変えていくと信じている。この信念の狼煙を高島第一保育園から揚げたい。

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