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人心は天候・天変地異に見えない影響を与えるものと感じる。人類の先行きには大きな脅威が待ちかまえており、その警鐘として今我々に与えられている。それをどのように感じ対応するかは、人それぞれの自由である。
今年は各地で地震が起きたり、予想では空梅雨であったのが日本列島の上に雨雲が停滞し、ただ雨量の多いばかりでなく各地が豪雨に見舞われる被害が生じている。降雨量が1000ミリに達した地域もある。また梅雨期には珍しい台風が発生し、いままで日本列島を横断していたものが、九州から東北にむけて日本を縦断している。
野村証券・第一勧銀の総会屋対策で多額の使途不明金が動き、その問題は財界のみならず、老人福祉施設にも飛び火し、政治行政の在り方が問われている。行政改革に政府は自ら範を垂れるべき時ではあるが、自らの力での改革は到底不可能と思われる。
岡山県も財政赤字県に転落する寸前で、石井知事は県庁の幹部職員を集めて訓示したほどである。今後どのような行政対応がなされるかが注目される。
7月17日に倉敷チボリ公園がオープンした。
岡山県・倉敷市主導でなされ、県民から数々の批判を浴びて開園した大規模事業である。岡山県は財政破綻を避けるため県政を見直し懸命に取り組まなくてはならない状況にある。各市町村もまた、それぞれの財政を見直し再建しなければならない、きびしい時代が到来している。
保育事業に於いても行政主導の時代は終わった。新しい時代に向けて民間の活力が問われ、設置者の意識が問われている。保育行政の制約の枠内で物事を考える時代から、保護者・地域の社会の現状の中から保育の使命と理念を再構築し、新しい発創のもとで行動を起こさないと見放されることとなる。少子化で益々深刻になる保育所環境である。前途は見えず暗闇のように思われる。そのなかで、地域に根ざし、地域から信頼され愛される保育所像を常に念頭に置き、日々実践行動することが明るい未来への唯一の道である。それが出来るかどうかは設置者の責務によるところが大きい。
高島第一保育園創立31年目を迎え、私達が30年間どんな保育を目指し実践してきたか、今後どのような保育を目指し実践していくのか。その考えを明示し、保護者の皆様の参考としていただくために『だいいちの保育』の作成を企図し、8月の夏期休暇中に、本園の保育に携わった保育者によって作成することにしている。
『だいいちの保育』は本園創立10周年を機に私達が目指す保育像を提起し、本園の特色、保育目標、保育園の役割等々について冊子をつくり昭和53年度に保育者や保護者の皆様に配布し、それを基本にした保育をいままで続けてきました。
その時から 年が経過し、児童福祉法も改定されるなど大変革期を迎えている。
等々が今、保育所に求められ、時代が大きく変わろうとしている。
行政主導の画一化された保育制度から脱皮して、保育実践を通して、子供達が望んでいる、子どもの心を大切にした真の保育創造に情熱をかけて、自己の信じる道を突き進む勇気がいま求められている。
神戸の中学3年生が小学生を殺害し、通り魔事件をも自供するなど、考えられない事態が起こっている。日本は戦後五十年、民主主義教育の中で、アメリカの思想に追随し経済的には発展したが、日本人の心を失う結果を招来し、慚愧に堪えない。
保育園開園30年。多くの人々との出会いの中で、世の移り変わりを目の当たりに感じる。
今この時代、一番大切な人の心が失われているように感じられ末恐ろしい。人生を語り、学ぶ先輩もなく自分の道を見失い、心の安定を失い焦燥の中で生きている。自分の人生の意味も知らず、使命もわからなければ、日々いかにあくせくしようとも結局は不幸で怠惰な人生を送ることになる。世のため人のために生きる活力を持たない不幸を自覚するひとは少ない。
国際社会に於いても、対外資金援助ができる現在の経済力を嵩に諸外国に対しているが、元来資源の少ない国土の狭い日本が経済力を失えば通用しなくなることは明らかである。
現在の日本の教育は人間育成にはほど遠い教育環境にある。しかも高学歴のエリートほど人間味を失っている様に思われる。教育者は学校教育の意義をもう一度問い直さなければならない。
人間の教育の原点は乳幼児期にある。この乳幼児の行動から人間の本来持っている心を学ぶ以外に方法はない。幼児の心は真水と同じで汚れをしらない。感性は豊かで相手の心を読みとる能力に長ける。保育に携わる者はその心に学び成長していく。大人が幼児に教えることはわずかである。しかし幼児に大人が学ぼうとすれば、幼児はその心を読みとり共に成長しようとする。
大人の傲慢さ、特にエリートであったり地位が高かったり特権的な立場にいれば一層素直さを失っていく。傲慢な心では子どもの本当の姿は見えてこない。
保育者にしても、保育年数の多さに安住してしまい、それまでの慣性で保育をするようになると乳幼児の心を無視してマンネリ化した魅力のない保育に流れていく。その時その時真剣に立ち向かうひとにのみ、乳幼児は心を開きその本質を覗かせる。
親として親の権威で子どもに接すると、子どもの心は見えてこない。保育、子育てを通して人間の生き方を模索し、行動することによって保育の成果は自然にあがってくる。
教育の根幹は『以心伝心』である。
新しい時代を担い民族の未来を託す人間育成は、乳幼児期の心を損なわないように成長させることにある。乳幼児期はその人生を決める、二度とない大切な時である。
その子が人間らしい心を持って逞しく成長することが親の幸せにもつながる。また子育てを通して人間として我が子に精一杯真剣に立ち向かうことで自分自身の幸せを見出すことができる。
このような保育の心をぜひ保護者の皆様にご理解いただきたく思う。これを充分に理解した上で大切なお子さんを預けていただきたく思うのです。この共通理解の上に立って保育をし、共に育ち、保育園が仲立ちになって親子の親密な結びつきができる保育環境を作り上げていきたいと念じています。
その為に、明年度保育園児募集までに高島第一保育園の保育について理解していただくための小冊子を作成し皆様に提示したいと思っています。また、保育者の皆様から意見をお寄せいただければより良い保育への参考としたく思います。
どうぞ一方通行でない共通理解の上に立った保育が展開できるよう、ご協力ください。
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