|
|
中国では春節といって、旧暦の正月をお祝いします。今年は2月7日が旧正月で、中国では民族の大移動が始まる、節分を境に春が来ます。
平成9年度予算を決める通常国会が始まる。この国会は、政治改革による衆議院議員選挙で選ばれた最初の国会です。
今の日本の将来展望は明るさに欠け、少子化・高齢化の波が押し寄せている。日本の財政は危機的な状態である。今の日本の貿易黒字も、数年後には赤字となるだろうといわれています。
橋本総理は、行政改革に意気込んでの通常国会の開催であるが、具体的な行動力がどの程度発揮されるのか、国民の注目の的であるが、絶対多数の自民党政権ではない国会をどう乗り切るのかも課題である。1月17日には株価が暴落し、証券・銀行など金融株の暴落で金融システムは瀕死の状態。このままでは日本の金融は世界から孤立すると言われるようになってきている。
財政の逼迫度はイタリアなみで、国債・年金・医療が財政を破綻させる原因となってきている。日本の経済成長も低迷し、新年度予算案審議にも議論百出する、日本の将来を真剣に考えて行かなくてはならない大切な国会である。
橋本総理は教育改革について大変意欲的であるが、具体的にどうあるべきか、そもそも教育とは何かという基本を明示されないと、現状の手直しでは本当の改革とはならない。
教育問題もさることながら、国の財政問題についても、現状に甘んじ、政治・経済に無関心な人の多いこと。私達が新しい時代を生きていくために大変重要な問題であり、無関心であることは必ず大きな代償を払う結果となってきます。これから起こりうる事を想定し、その対応に心がけていないとどんな事態となってくるか…。実に大変な時代となってきました。
平成8年度には21兆円もの国債を発行し、平成8年末での国債発行残高は241兆円にも達している。国の長期債務はこれだけではない。「隠れ借金」や国鉄清算事業団の回収不能金(20兆円)などの明らかに回収が期待できない政府補償金なども考慮しておかなければならない。これらに地方債の発行残高を加えた公的債務残高の総計は440兆円を越える。財政は文字どおり「火の車」なのだ。
このような財政基盤がガタガタになった状態で21世紀の高齢化社会を迎える。必要とされる福祉水準は維持できず、経済力が衰退しても、財政からはなすすべもない。自分自身が、あるいは我が子が、そのような状態におかれるのです。高齢で手足が動かなくなっても、家族も働かなくては生活が出来ないために、介護も十分でなく、いやがうえにも不衛生となり、更に不健康の原因となっていく…。そんな老後を望む人がいるでしょうか。
今や日本の財政は破綻寸前である
国債発行残高が増えれば国債の利払いと償還に充当する国債費が増加する。一方、社会保障関係費で急増が目立つのは、年金給付額と老人医療費を含む医療費支出である。
10年後には、国債発行残高481兆円、地方債なども増加すれば、公的債務総額は実に800兆円を超える。
今、日本は輸入の急増が続いて、貿易支出が赤字になったとすれば、今度は日本が『双子の赤字』を抱えることとなる。今世紀末には日本は貿易赤字国になりかねない、輸入依存型の供給構造が定着しつつあって、貿易黒字は急速に減り始めている。イギリスやアメリカがかつて歩んできた道なのであって、間違いなく老衰国家の一歩といってよい。
日本の経済は大きく動いている
国際社会、日本の経済は大きく変化していく。その中で日本を支え、生きていく力が大切です。
戦後、教育は日本の高度経済成長に大きな役割を果たし、発展に寄与し、競争、切り捨ての教育がなされた。
少子化・高齢化社会となり、この減少した子供たちが社会の現実を支えて生きていかなければならない。大変な重責が負わされることになっている。
それぞれが生きる目標、役割を充分に果たす環境づくりが教育に課せられている。
文部省や各県の教育委員会は、新しい時代に向けて、発想を転換し、21世紀にむけての境域を模索していかなければならない。しかし規制だらけの学校教育制度、閉鎖的な教育現場の中からその発想は生まれそうにない。
まして、今、いじめや登校拒否、自殺などの問題を抱え教育現場は大変である。それなのに学校の教育現場や行政は、その責任を痛感することなく、子どもや保護者に転嫁してしまっている。
学校で自殺など起こした時、そこの担任や学校長が責任をとって退職をした、という話はほとんど聞いたことがない。他の業種では、すべて責任の所在を明らかにするよう、マスコミからも騒がれたりするのに、である。教育の場には司直の手も入らない。それだけ社会から切り離され、守られた環境の中で、教育に携わるものの姿勢が甘すぎる。
本当に子どものための教育をする、真の教育者であれば、子供たちから信頼され、相談されていると思われるので、先生が一番よく現場の状況を知っているはずである。
保護者は学校を信頼し、また、行政に就学を義務づけられて登校させている。学校や行政が何をしてきたのか、自身に問うことがないのであろうか。
『なるほど。このような教育になれば素晴らしい』と感じさせるような発想・提起はなく、今の制度の枠組みにしか手が付けられない教育改革では、新しい時代に向けての人間育成にはつながるまい。
橋本総理の教育改革の理念は何か、明確にして、今の文部省や学校教育に携わったりしている学者・教育者ではなく、幅広く世界を見渡し、人類が地球というこの環境に生き残り、本当の意味で栄えるために、我々がどうあるべきか、人間の本来の姿に立ち帰るための真の人間教育は如何にあるべきか、という見解をもった人材で教育改革を成しとげてほしいと念じている。
|
|