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1996年10月

教育改革とは
学校教育者、教育行政者、保護者達は
子どもの訴えを謙虚に受け止めること、
教師は子ども達が選ぶ権利を与えること

「この世をばわが世と思う望月のかけたることもなしと思へば」

平安中期、権勢を振るい栄華の限りを尽くした藤原道長の有名な歌だ。この歌を詠んだ頃から、しかし道長も病に苦しみだす。月満ちて、やがて欠ける。盛衰もまた世の常だ。時代ははるかに下って、空しく万歳の声が響いた衆議院解散の昨日は、十五夜だった。

自民党全盛の55年体制も今は昔、自社さ政権はあちこちが欠け落ち、月をめでる余裕があろうはずはない。とりわけ社民党は民主党への丸ごと合流を袖にされて、それではと「おたかさん」にすがりつく姿が情けない。「心にもあらで浮き世にながらえば恋しかるべき夜半の月かな」道長時代、不遇の生涯を終えた三條天皇(院)のお歌だが、そんな心境の向きもあるかもしれない……月に叢雲、花に嵐。世の中好事ばかりではない。各党、行政改革はかけ声だけで、高齢化への福祉ビジョンも見えてこない。永田町上空の厳しい現実を覆い隠す雲間でお月様も泣いていることだろう。    (9月28日 読売新聞編集手帳より)

10月は秋たけなわ、味覚の秋、読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋、心身ともに爽快で気力充満し、やろうという意欲、完成した喜び充実感を味わうことの出来る時期です。

保育園も秋の自然を満喫し、心を爽快に、楽しく生きる力を充満し、個性豊かな人間に成長して欲しいと念じ色々と興味と関心を深めるため、様々な課題を設定し、作る喜び、育てる喜び、園外保育や、担任との触れ合いだけでなく、音楽の先生、絵画の先生、英会話の先生等その道に秀でた心豊かな人達との出会いは、無言の人生の基礎を培う上に大切なことだと思っている。

昨日も実習の先生とのお別れ会を催し、2週間若さと情熱をもって夢中で子ども達に接して下さった心と行動は、子ども達の心に生き続けていく。お別れ会での子ども達の真剣な表情はそれを物語っている。

それぞれの行為、心を素直に受け入れ、自分のものにしていくことの出来るのは、乳幼児期でないと成し得難いことであると私は思っている。多数の先生、ボランティア、多くの個性溢れる集団、その集団の活力、質がその集団の中の個性を育成していく。伝統とは大変貴重な文化財であると思っている。

今、保育園は保育者と子ども達が運動会を盛り上げ、運動会という行事を目標に、リズムに乗り、体を動かしまた競技や走ることの喜びの中で、心身とも逞しく成長していっています。

保育者も運動会の実行委員会を発足させたのが7月の職員会議で、それ以来テーマを定め各年齢ごとに話し合い、それを実行委員会に持ち寄り、また夏季研修の中で得た資料をもとに演技もマンネリ化でなく、新鮮さ、創意と工夫を逞しくして取り組む保育姿勢こそ、生きた充実した保育につながる。

保育者のやろうとする意欲、保育者全員が力を出し合って取り組む活力が、子どもがやろうとする意欲に結びつく。そのために手作りの運動会の必要な材料が保育者の創意で作られ、それがさらに子ども達のやろうとする意欲を倍加させることにつながっていく。心のこもったものには、その心が伝わり生きていて、あたたかさを感じる。この心が運動会を観覧してくださる皆様に私達の保育する心として伝わり、理論ではなく行動の中で保護者の皆様を始め多くの皆様に、子育ての心が伝わり、それに気付いて下さり生かしていただきたいと私達は願っています。

心と身体を鍛え逞しく生きていく力を育てる保育を理解し、子ども達の人格形成に役立てていただくことを切に念願しています。

日常の保育の中で、子どもの心、行動を見ていただいていても、保母は何をしているのか、手を掛けていないのではないか等、場面の中で本物を見いだすことは出来ません。保母の心、姿、行動は全て子どもが具現してくれます。子ども達は保育者の心を写し出します。この事が大変恐ろしいことです。子どもは親の心も写し出します。子ども達のよりよい成長は、親や保育者、子どもを取り巻く大人達の心と行動にかかっていると思います。

21世紀は本物の時代です。本物こそが生き伸びていきます。子ども達が生涯にわたって幸せに生きて欲しいと念ずる事は、子どもに本物とは何かを感づかせる以外に方法はありません。私も経験不足で失敗やいろいろの中で70の坂を越していますが、その人生で20代は20代の人生経験の中で、狭い経験しかない失敗などは、経験不足など至らない点で起こっている。人生終わりになって気付いたのでは遅すぎる。

今、大変な時代を迎え、10月は国会議員の選挙、岡山県は知事選挙を迎えています。選挙戦の焦点も大変ぼやけていますが、財政赤字の軽減は理屈ではない行動であって、行政改革の抜本的見直しよりほかにない。しかし今国会の解散で一番大切な教育問題が影を潜めている。これだけ重大になっている教育改革について、問題が隠されている事は由由しい事である。

私は学校教育の現状その在り方に、人間疎外の教育、画一的、選別、切り捨てとも思われる現実の中で、登校拒否、いじめ、自殺など、心を満たす教育、個性を大切にする教育は口先だけでなく、公教育の中で実践され難いのが現状の姿の中で、教育の現状に挑戦する意味で、いろいろ行政等難関を突破して、吉備高原のびのび小学校を設立し、開校1年半を迎えました。

全国個性化教育副会長加籐幸次先生が、教員人事は一切私に任せて下さいとの事で、加籐先生の腹心とも言える酒井校長を配し、校長に職員人事もお任せして今日までのびのび小学校の教育をしてきて下さったが、私が夢見ていた教育とは程遠く、楽しく生き生きと意欲的に何でもやろうという人間育成には程遠しの感を受け、保育する心を学校教育につなげたい教育理念の食い違い、今の学校教育、教える、与える、子どもの個性、心を大切にしようとする教育の原点は、今の学校教育の経験者や学校教育者教諭と称する先生方に理解が得られない実践を意欲的にどう試みられたか疑問も多く、一番大切な学力保証すら具体的にどのように責任ある教育の仕方であったか、私の希望している教育理念、設立者と現状の中で甚だ遺憾に思って葛藤してきた1年半であり、新聞報道はまことに遺憾ですが、子ども達のため、日本の教育の今後のため、教育は如何にあるべきか、子どもからの答を出し、教育改革への前進の方途になる学校教育を実現したいと思っています。

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