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1996年8月

人生の出発は乳幼児期、大切な役割を担う
保育園の保育を今更の如く痛感する。
皆さんと共に真剣に考えたい

昨年のオウム真理教の破壊活動は、日本史上かつてない出来事で、1ヶ年間報道が繰り返されたが、それに代わって住専問題で明け暮れの毎日が続いた。そして今年6月に邑久町の集団給食で発生した病原性大腸菌「O-157」による集団食中毒は、全国各地で猛威をふるい、国もその対策に乗り出すこととなった。

「O-157」の発生原因が確認できなかったり、治療方法にもその対策がない実態に国民は恐怖に晒され、目に見えない問題で、学校給食の現場、食堂等に従事している者は大変神経を使い、早く終息することを念じている。この菌による小学生や老人の死亡等はいたましい。日本の現在の食生活は、世界各地からの食材料によって生活している。私たちが小さかった頃は食材料は三里四方で収穫された食材で殆ど間に合わせていたし、自給自足が生活の原則であった。

農は国の本と言われたのも、日本人の食料は日本で自給する事が農業立国の所以でもあった。ところが高度経済成長による輸出産業の増大で、当然低開発国からの農産物の輸入は余儀ない状況となり、日本の市場に世界各地からの農産物が所狭しと並んでいる。

日本は菜食国であったが肉食化が進み、魚介類も世界各地から搬入されているのが実態で、このような状況の中で当然のように世界各国から有害細菌が混入輸入される事は必至の状況の中で、日本の食材は非常に危険性をはらんでいると言える。日本人の生命維持の問題は、食材を世界各地から搬入する事の危険性を如実に私たちに経験させ、警鐘を与えた出来事ではないだろうか。食糧はその地域で賄い、食材や調理によって人間の心が育っている。日本人の心は日本の風光明媚な自然とその土壌で栽培した食料によって、また、伝統的に工夫し調理されたおふくろの味によって日本人の心となり満たされた味わいの中で満たされた心が育てられた。

自然食品とか自然食の意味について、私たちが人間として生き、日本人の子孫のために食生活のあり方を問直す絶好の時と思う。肥料、薬剤散布による食料の中に有毒な物が残留している事もわかっている。また、栄養学が進歩し、カロリー計算等による画一的な給食献立のあり方が、果たして人間形成上心と身体を育てるのにどれだけ役立っているのだろうかと疑問に思っている。家庭料理の中で、栄養学を学び、または栄養士の資格を持った主婦で調理し、家庭の料理を理論化し毎日の食膳に携わったとすれば、楽しい食事にはならない。それは百人百食嗜好が異なり、それを無視しての家庭の食事はできないと思う。

保育園も出来るだけ食材を豊富にし手作りの料理を考え、日本の伝統の食事を大切に伝えるため工夫し、給食の皆様が子供達のため誠心誠意調理して下さっている。今調理して下さっている事は、栄養学を学び栄養士の資格を持っているというだけの人には到底出来ないと思っている。

高島第一保育園の給食の伝統を永く残して頂くため、年配の人の実践の中から引き続き伝えていきたい。給食の松森先生は本園開設間もない頃から給食の仕事に携わって下さっているベテランで、子供たちが「おいしい」「今日の給食なに?」と給食の先生に話しかける程親密で心が通じている。

今、米国のアトランタで五輪大会の最中である。アトランタ市内五輪公園の屋外コンサート会場で、27日爆弾が爆発する事件が起きたり、29日中国政府が核実験を強行したり、明日は何が起きるかわからない。

岡山県も6期24年間続いた長野県政も終わり10月には知事選が始まる。今自民党推薦の前建設省大臣官房審議官の石井正弘氏(50歳)、新進党の江田五月衆議院議員(55歳)が岡山県知事選挙に立候補する事を正式に表明され、80日余りの内に岡山県の知事が確定し、岡山県も新しい時代の幕開けとなる。官僚体質が強く硬着している政治行政から脱皮し、県民の自由の発想の中から新しい時代に向かって、希望と夢を与えてくれる県政に脱皮し県民の幸せにつながる事を期待する県知事選挙である。

岡山県は官僚的な行政の強い県のように思われる。住民の発想や意欲を十分生かし、活力のある地域文化を構築し子孫に残していく役割をお互いが持っているが、官主導型の中では形は出来ても地域の心が加わらないと文化的価値を高める事は出来ない。

混迷の時代は歴史に学べという言葉がある。今まさに21世紀新たな時代を迎える混迷の時である。人間は事実を見なければならない。歴史とは「事実」である。事実は様々な角度がある。角度が違えば表情も解釈も違う。今あらゆる制度に亀裂が入り、今までのあらゆる分野において従来からの価値観を覆すような激震的変化が沸き起こっている。

時の流れを良くするも悪くするのも人であるが、天は良き方向に加担し新しい時代が生まれる。これが自然の輪廻である。世の為、人の為と思う心と行動は、自ずと道は切り拓かれると信じている。

保育園も今日の炎天下を子供達は園庭を走り回っている。大人の目にはどう映るであろうか。無心で思いのままの行動の中で夢と想像を逞しく、生きる力を得て育っている。この子どもの心が読み取れる親であり大人でありたいものです。7月24日卒園児の集いを炎天下で行った。保育園での楽しい思いにかられて130名以上の卒園児が一堂に会し、楽しい一時であった。この楽しかった思い出が人生を生きる原動力となる。

参観日当日、公開保育講座で多くの人に聴講いただき感謝しています。子供を理解する大人になることで子供は成長する。講師・佐藤昌男先生は実践者として幸せ作りに活躍され、その心に触れて下さった皆様に感謝しています。それは子供の為なのです。

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