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1996年7月

子育ては親が保育をどう理解し
気付くかにかかっている
勇気と意欲的な行動が親子の幸せの道に通じている
頑張りましょう

莫大な財政赤字、莫大な医療費、厚生年金も受給者の増大と被保険者のバランスの崩れで支給が危ぶまれる。国鉄の清算事業団も赤字の解消は埋められない。地方公共団体はリゾート開発その他施設建設に、国からの多額の起債、借金財政にあり運営している。バブル経済ははじけ、今国会での住専処理の中で、政財官の癒着と権力の枠の中で、庶民には到底及びもつかない不正の実態が暴露され、今不信の渦の中に晒されている。

すべてにわたって見直さなければ、新しい道は切り開けない。その為には人事を一新しなければ変革にはつながらない。今一番見直しされなければならない、今日この状態を醸し出したのは、日本の行政である。その行政改革を計らずには変革は成し得ない。また、国民一人一人に、「よらば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」という体質で、すべてお互いが官僚的、サラリーマン的体質で、個々が生きる力が備わってない。個々の家庭においても、家のローン、自動車ローン、家具生活必需物資がローンにより安易に購入できる時代で、借金による生活が安易に行われる時代の中で生活している。

この様な実態の中で、大型倒産が次々に起きている。何百億の倒産は、関連事業、下請け業者、関係の個人の広範囲に亘り被害が被り、又裁判問題を引き起こし、どんな事でいつわが身の上に被害を被ったり、職場を失うかわからないのが今の状態である。不況と共に失業率は上がる。今老人大国日本は、老人福祉、老人医療費は増大し、働く若者の数が減少し、その人達で支えなくてはならないのが日本の状況である。

この様に厳しい時代を迎えようとしている時、教育は如何にあるべきかという課題は、見直しが早急に行われるべきであるが、一番遅れているのが教育改革である。

昭和50年代から出生人口の減少が始まり、保育園、幼稚園の定員割れが生じ始めたが、高校、大学では志望率の増大によって増大、増設が始まり、20年経った今出生減は大学入試に影響が出始め、大学においてもこれから運営に危惧が生じる事となる。

私達保育園が危惧し苦労している時、高校、大学では左団扇で私達の運営苦労など他山の石の如くであったが、これから厳しい時代を迎えるのではないか。行政は保育園、幼稚園の私立のように弱い小さい組織には見向きもしなかったが、高校、大学の私学運営に、文部行政は今後どう対応するのか見ものである。

膨大化した私立の人件費は入学者の授業料では賄えきれない。その負担は住専処理のように国の赤字国債で賄うのか、学校が閉鎖する事になるのか、国の対策が如何になるのか、この様に心配する事態が生じなければよいと思っている。

「教育は国家の根源なり」――まさに至言で、経済大国と謳われるようになった事は、教育水準が高く日本社会にマッチしたからである。この奇跡を作った日本の教育システムに様々な綻びが目につき、困難な問題が露呈し始めている。中でも「いじめ」は自殺や殺人という悲しい出来事にまで深刻化している。

今の教育問題は、いわば現代の日本社会のシステムの歪みが如実に反映されている結果である。

「いじめ」は閉塞状況がつくられると起こり易いと言われ、これは知力偏重、偏差値重視といった日本社会に蔓延する価値観ゆえの事ではないかと思っている。これが受験科目と関連し、人間の価値基準が間違っている事に始まっている。この様に子ども達の問題は実は私達大人が抱えている問題の裏返しである。

この様に考えると、大人達が築き上げた社会システムを変革しない限り教育問題の抜本的な解決は出来ない。

子ども達に詭弁は通用しない。子ども達は大人の心の奥深くを見抜く素晴らしい感性の持ち主である。今新しい社会システムの構築のため、大人の態度、そして大人の責任が強く求められているような気がする。子どもに嘘を言ってはいけないと教育しても、教える人、大人達が平気で嘘を言う社会の実態は悲しい。子どもの幸せのために親は、教育とは何か、何の為の学校教育であるか子どもの為の教育の在り方についてしっかり見直し考えを新たにしないと、子どもを不幸にする原因につながってくる。教育は制度システムではなく教育は人である。どんな教育者と出会うかによって人生の岐路を迎える。しかし今の教育制度の中で、子供が教師を選ぶ権利が無い。子ども達が教師を選ぶ権利が学校教育法の中で明示されれば、日本の教育は大変革し教育問題は一瞬のうちに解決する事になり、期待する課題である。

保育園に6月の3週間、中国短大から5人の学生が保育実習に来て下さった。私は学校で学んだ保育の概念を外し、子どもと体当たりし、子どもの心に触れ、その中で子ども達が何を求めているか感じてほしいと思う。

子ども達の素晴らしい心に触れ、その中から自分なりの保育を新たな気持ちで構築する事が大切であり、保育を保育者の概念から計画しその枠の中に子どもの生活を規制する事は、子ども達を不幸にする原因になり易い。

実習が保母資格の単位になるため形式的に行ったり、それが評価されるから良い評価を得る為の保育実習では意味は無い。子どもと楽しく発想を新たにし、子ども達と一緒に楽しい思い出一杯作り、思い切り自分を出し切って活動する中に、今まで気付かなかった多くの事を気付かせてくれ、それを意欲的に行動に移す事によって自分の人生は変わってくるし、保育の楽しみ、素晴らしさが自分の魂を躍動する事につながれば、この保育実習は生涯の中で自分を変えていく貴重な3週間となり得る。

保護者の皆様は子育てと職場で、生きていく事が大変で、精一杯働かれている事に敬意を表しています。

子育ては人生勉強のよい機会と思っています。人間として無邪気で天真爛漫である子どもとの触れ合いの中で子ども達から多くの事が学ばせてもらえる。子どもに、より以上の期待をしたり押しつける事なく、子どもの心と行動を素直に受け入れ暖かく見守ってやる事によって子ども達は自然に生きる力を身につけ、もって生まれた天分、使命に自然に気付き、素晴らしい芽を吹き出す。親に感謝し、友情厚い多くの友達に支えられる、人として幸せな人生を歩む人に成長し、子育て冥利につきる人生が味わえるような子育てを模索してほしいものです。

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