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だいいち巻頭言2001年1月

希望に満ちた新春、
21世紀に生きる子ども達の成長と
家族の幸せを心より祈念する

21世紀の新春を寿ぎ、未来に夢いっぱいを拡げ、新しい時代に意欲的に行動を起し、生きる喜びを堪能して生涯を全うしたいと念じ、また、子ども達が喜びいっぱい、意欲いっぱいに生きてくれることを願っています。
案ずるより生むが易しというように、まず行動を起さないと物事は成らない。運は天命に待つより外にないが、行動を起すことによって、それまで見えなかった地平が見えてくる。行動を起すことによってすぐに目的が果たされるというのではなく、その過程で自分自身の心が試されていく。本当の心からの願いであれば、いつか必ず叶い、時には願った以上の収穫を手にすることさえある。
保育事業に取り組み、高島第一保育園を設立したのが昭和42年である。
私はもともと県北の美作町で農業をしており、この高島の地は、全く友人も知人も親戚もなく、足を踏み入れたこともない未知の土地であった。
保育事業も全く経験もなく、また財に恵まれてもおらず、すべて無からの出発であった。年齢も44歳である。親や身近な人には大変心配をかけたし、大きな波を一杯受けて家族にも苦労をかけながら今日を迎える。
保育事業34ヶ年、今年の4月には35周年となる。2001年は私の保育事業に於いても一つの区切り、新たな出発の年として記念すべき年になる。
平成12年度は、33年に亘る保育を再点検し、保育者の共通理解と保育の質の向上を目指してさまざまな保育の見直しや話し合いを図ってきた。
子どもにとって良い保育とは何か。教育の質は外からは容易に計れない。すべては子どもの心の中に何が残るかで決まり、それを計る物差しはない。しかし、そのことに甘えてしまえば、保育者自身の成長はありえず、子どもの心にも良いものを残すことはできない。見えなくとも子どもは心を持っており、周囲の大人を見ながら育っていく。子どもの様子に心を配り、愛情を持って接する保育者には子どもも心を開き、いろいろなことを教えてくれる。そして子どもと保育者がお互いに助けあいながら成長しあう関係を構築する。それが本園の提唱する「幼児に学ぶ」保育である。
保護者にとって良い保育サービスは、表面的には大変分かりやすい。延長保育や一時的保育、休日保育等、便利な保育サービスを求められる保護者は多い。しかし、どんな便利な保育サービスであっても、そこに心がなく、子どもの成長を促すことのない保育サービスであれば、子どもも保護者も安心して生活できず、家族が幸せに過ごすことはできない。そのため、目に見える保育サービスのみでなく、目に見えない精神的な保育サービスがなければ本当の保育サービスとは言えない。
児童福祉法の改正によって保護者選択権が認められたが、現在の保育制度の中ではまだまだ絵に描いた餅であり、保護者にとって選択の幅が少なく狭き門となっている。
規制緩和によって、これからどんな風に今の制度の枠組みが撤廃されるかを保育関係者は固唾を呑んで見守っているが、この制度改革が真に保護者の皆様と子ども達にとってより良いものとなるためには、保護者の皆様の意識がどうあるかが大変重要なポイントとなってくる。
私は長年「3つ子の魂百まで」という言葉にこだわって保育を考えてきた。幼児期の保育は何かを教えたり与えたりすることではなく、その子ども自身の意欲を伸ばす環境を構築することではないだろうか。その力は本来子ども自身が持っている。こちらが一生懸命教えたり伸ばしたりするのではなく、その子自身が伸びようとするのを待ちたい。
それには保育者自身が日々の保育や生活の中で、自己の成長の為に努力をし、子どもから学んでいく姿を子どもに見せることであると思う。その姿を見て、子どもは次第に保育者に心を開き、一緒に成長していく。
この保育の心を、保護者の皆様にも共有していただければ、どんなに素晴しいだろうと思う。
本来、子ども達が一番好きなのは両親や家族である。その両親が信頼して預ける園であるからこそ、その保育者にも好意を感じる。しかし、仕事で忙しくなかなか一緒にいる時間が取れないと、だんだんどんな風に愛情を示せばいいのか分からなくなることがある。お互いに愛情を持っていても表現する方法がわからないというのは、悲劇である。そんな状況で育ってきた子ども達が、今、大変な事件を起しているのではないだろうか。
その悲劇を防ぐために保育園として、保護者の皆様に負担が大きいことは承知で、さまざまなお願いをしてきています。例えば毎日の連絡ノート「こばと」もその一つです。保護者の皆様に忙しい時間を割いて、子どもの体調や生活の様子を書いていただくことで、その日の保育の参考として役に立つと同時に、子どもの様子を担任とやりとりする中で、家での姿と違う我が子に驚いたり、成長を一緒に喜んだりしながら、次第に子育ての楽しさを感じていただければと願っています。
日々のささやかな共感の積み重ねが親子の絆を深めていく。この絆が戦後の高度成長経済の風潮の中で次第に疎かにされてきた。しかし親子の関係は人間関係の始まりであり、この関係が築けないと社会の中で人間関係を築くことも難しくなる。
しかも学歴優先の競争社会は、友人関係をも難しくする。子ども達は競争することばかりを覚えて、本当の協力関係を学ぶ機会はほとんどない。しかし人間は他者と競争して勝つよりも、他者と協力体制を作ることでより大きな業績を残す。本当に社会に必要とされる能力はなにか、自分が本当に幸せと思う生き方は何か、保護者の皆様には熟考いただきたい。
高学歴で親の恩恵に浴してきた人ほど、親の老後を老人ホームに任せきりにしている場合が多いという。日本の伝統文化は大家族で皆で子育ても仕事も協力してやってきた。老人も何かしら役割があり、生き甲斐があって、子ども達もいろいろな大人からいろいろなことを学ぶことができた。そして自然に年長者への敬意を感じたり、人間関係を潤滑に運ぶための配慮など学んだりして大人になった。
社会が変化し、かつて家族や地域が果たした機能が失われている。今、保育園が果たすべき役割は非常に大きいと言える。
問題も大きくのしかかってくる。法的にも保育園で苦情処理委員会を設置して苦情処理を適切に行うことが義務づけられ、リスクマネージメントが重要となる大変な時代を迎えようとしている。
このような時代の変革のためには、幼児期からの人材育成が必要である。それは知的発達優先の幼児教育ではなく、親子の愛情や保育者との信頼関係の中で、意思と行動のバランスのとれた、心身ともに健やかに育った人間らしい人間を育てることである。それは育児書や教育学者の書物ではなく、自分が精一杯生きてきた中で得たものを子どもに伝えることである。
3歳児神話と言って、3歳までは家庭で育てるべきであるという学者の主張が未だに幅を利かせている。もちろん家庭で育てられる環境が整っていればそれは素晴しいことである。しかし、社会の変化と共に家庭での子育てが非常に負担の多い仕事となってきている。その現状に気付かず、従来の古き良き時代の夢を押し付けるのはどうであろうか。
私達は、親子の絆を大切なものと考える。親子の絆は子どもにとってだけ価値があるのではなく、親にとっても価値のある、家庭が幸せになるために欠かせないものである。だからこそ、それが構築されにくい現実社会の中で、どんな保育サービスを提供すればその構築に役立つのかを考えている。
そして、岡山の多くの保育園が、親子の絆や子どもの本当の成長、家庭の幸せを生み出す保育を目指して下されば本当に嬉しいと思う。岡山県、岡山市に住めば安心して出産でき、子育てが楽しめる、仕事をしていても安心して預ける場所があり、子どもも満足して毎日過ごせると、保護者の皆様に喜んでいただけるような岡山市、岡山県であってほしいと思う。岡山市の人口が、子育て真っ最中の保護者を中心に減少したとの報道を耳にして残念な想いでいっぱいである。
岡山県は、戦前から教育県、社会福祉事業の発祥の地として広く全国から評価された県である。先達が築いたその歴史、先達の心によって育てられ恩恵を受けてきたが、その心は果たして伝承されてきているのか、岡山県は現在教育県、社会福祉の行届いた県として全国に誇ることができるのか。先輩達に対して申し訳なく恥ずかしい現実ではないだろうか。
石井十次先生によって創設された孤児院・託児施設は明治時代に始まり、大正年間には当時の知事を中心に済世顧問制度による社会福祉の発祥の地とも言われ、その思想・制度が今日の民生委員制度に発展した歴史である。
大正から昭和初期には、民間の社会事業家が私財を投じて託児施設が各地に誕生し、全国的にも社会福祉事業の先駆的役割を果たしてきた。
その素晴しい伝統に陰りが生じた感のある今日であるが、21世紀を迎え、新たな心でその伝統と心の蘇生を目指したい。
高島第一保育園の20世紀最後を飾る12月26日の第4◯回岡山県器楽合奏大会が倉敷市の学藝館で開催された。5歳児が参加するようになって今回で2◯回を迎える。今までは他の幼稚園や保育園も数園参加していたが、今年は高島第一保育園1園だけの出場となった。
私は本物の保育を目指し、音楽に於いても各保育室にピアノを設置し、マリンバを購入する時も6百万を超す大変な出費であった。やりくりも難しく、また行政からも指摘を受けたりなどしても、子どもだからこそ本物の楽器で本物の指導者に出会って豊かな感性を育ててほしいとの願いを抱いてやってきた。
器楽合奏大会には5歳児全員が参加。その中には障害を持つ子どもがいても全員参加である。練習は運動会が終わってからで、10月の終わり、実質的には11月になってからである。この短期間での練習で、子ども達は聴く人を感動させる演奏をしてくれた。家族の皆様は感動もひとしおであり、感動の涙であったと思う。他の小学校の児童や保護者が聴かれており、その中から保育園の演奏に負けているとの言葉が聞かれたほど、子ども達の無心の演奏は感動を呼び起こすものがあった。
譜面には書かれていない心を踏まえた上での演奏であり、心の世界が多くの人の心を動かし感動させたのだと確信している。
この心を21世紀に伝えることが私達の使命だと改めて感じ、心を新たに再出発したい新春である。

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