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継続は力なり。
だいいちの巻頭言を書き続けて27年。
感動の保育を目指し継続したい。
| 3月は保育園にとって締めくくりの時であり、新しい出発の時でもある、慌ただしい時期です。 高島第一保育園の平成11年度を整理すると共に、保育園開園33年の歴史のまとめでもあり、新しい保育に向かって出発の時でもあります。 高島第一保育園では開園以来の保育の歴史を明瞭にするために全ての書類を分別 し、年度ごとに製本して整理整頓しています。いずれは保育資料館を作り保管できるようにと考えています。今年も貴重な資料が散逸しないようにまとめ、製本します。 まだまだ未整理の物も沢山あり、職員にも協力してもらって、暇を見つけては整理をするようにしていますが、整理ということは簡単なようで大変な仕事であると痛感します。 過去は現在に続き、そこから未来が拓かれます。過去を大切にすることによって、現在をより良く生き、より良い未来を創ることができます。保育とは未来を拓く仕事であり、過去から学ぶことはより良い保育にもつながると思っています。 高島第一保育園の保育の伝統は、保育実践の積み重ねの中で築かれています。それは本園に関わった保育者や職員、園児、保護者の皆様の力で育てられたもので、記録はその集積であり、皆様の足跡であります。 この毎月皆様にお配りしております園だより「だいいち」創刊以来毎月欠かすことなく発行して来ています。この私の園長としての考えを「巻頭言」として書き始めたのが昭和48年4月からです。この平成12年3月号で、実に27年です。このように長い期間自分の保育への思いを書き綴れたことは天の恵みと思います。継続させていただいたことに感謝して、命ある限り続けたいものです。 保育園の月末は多忙で、またいつどんな用事が出来るか予想できない中で、月初めの一日には園だよりを皆様に配布しなくてはなりません。園の行事などのお知らせもあるため延期するわけにはいかないのです。 ですから、巻頭言も内容などじっくり吟味したり清書する時間もなく、書きっぱなしでした。ひとつには、もともと読んでいただくよりも、私の保育園長としての考えをまとめ、反省することが大きな目的だったからです。言葉を選ばず、時には暴言と思われる表現や言い過ぎも多く、重複した内容も沢山あり、申し訳ない点もいっぱいです。それら全て承知しながら自分なりに率直に書き綴ることだけをしてきました。 27年間、人に気がねをすることもなく自分の思いを綴り、それを園だよりとして皆様にお渡ししてきました。読まれた方からいろいろな反論や忠告もいただきました。 文章で伝えることは難しい。しかし人に気を使って書くと、文才のない私には書くことすらできなくなる。思ったこと、ひらめいた事を誰にも気使いなく、ペンの走るまま、自分の意思を、ただ文字を羅列し、桝目を埋めてきました。 誠に「巻頭言」と名乗るのもおこがましく、文才も知識もない、社会的な視野も狭い人間が書いた文章ですが、二十七年間、毎月1回1年に12回書き続け、324回になる。1年が365日だから、あと3年も書けば1年間毎日書き続けたのと同じ計算になる。 この「だいいち巻頭言」を本にまとめ「先見、開拓、創造の保育」という題で、第1・2巻を発刊しています。3巻以降も順次発行する予定です。そして今書き綴っているこの文章はおそらく8巻あたりにまとめられると思います。できるだけ原文のままを原則に編集しています。 本園の保育や30年間に亘る保育界の動向、日本の政治経済、世界の動きを視野に入れ、現実の体験と照らして綴った記録です。 昭和42年に保育園を創設、当時は高島保育園として発足しました。 戦後の教育は学歴優先に拍車がかかり、知識詰め込み、偏差値、高学歴化が始まりました。私は教育の実情には疎く、ただ「大変な時代が来た」と感じました。保育についても素人で、園を開設するようになって保育誌や教育関係の本を買い求め、研修にも色々参加した。 そして学歴優先の考えが幼児の世界まで蝕むような状態に変わりつつあることをひしひしと感じるようになった。保育とは何か、ということが、私にとって大きなテーマとなった。 ある、保育園の古いベテランの先生は「保育は躾」だと言われる。当時、保育園を視察して廻って見たが、どこでも保育室には黒板があり、机と椅子が学校の教室のようにきちんと固定して並べられていた。一斉保育と称した学校の授業に準じた保育であり、他のやり方などは全く考えもつかないし、思っても実行しにくい風であった。 文部省には幼稚園の年少・年長と小学校の4年までを対象に幼児学校を創る構想があり、審議にかけられていた。 行政を中心に学歴優先社会構想が始まり、その様な社会の風潮のなかで、学校で成績が良くない者はだめと言われ、保育園・幼稚園から◯◯を教えますという知識詰め込みの保育を保護者が是認し、幼稚園の募集要項でも何を教えるかが各園の特色や目玉 商品となった。以来30年間、保育の心を知らない知識優先の幼児教育や保育がなされる傾向となり、今日を迎えている。 私は素人であるが、その社会の風潮に何か不安なものを感じ、30年間保育とは何かを追い求めてきた。そして教育・保育行政の在り方に反発してきた。 日々の保育の実践の中で、乳児・幼児の時の状態が人間の生涯を決する大切な時であることを感じ、その乳幼児の状態がどうであればその子は幸せになれるのかを考え続けてきた。 私達は理論家ではなく実践家である。理論家は自分の専門の分野を口で述べ本にすればよい。それが実践されるかどうかは理論家にとっては問題ではなく、その理論を実践者が実践した結果 についても責任を負わない。 しかし私達実践する者は、子ども一人一人の運命に関わり、日々の安全から将来の成長までその責任は重大である。 色々な批判も浴び、抵抗を受け、試行錯誤の中で実践を積み重ねて今日がある。努力し苦労し色々なことに耐えて、自分なりの保育を実践してきた。 33年の保育の実践成果について、子どもの成長を保護者の皆様に感じていただける最大の機会が運動会や生活発表会である。ほんの数分であっても、新しいことに挑戦し、毎日の努力を積み重ね、精一杯輝く我が子の姿を見る日である。 保育の成果とは感動である。 生活発表会で、舞台の上の子ども達と観覧席の保護者、多くの人が感動で結ばれる。子ども達が先生や友達と一つの心で何かを作り上げ、その心のパワーが会場の皆様の心を打つ。子どもはすごいなあと感じてくださり、皆様も子ども達に負けないように頑張ろうと人生に張りができる。そんな希望を与えてくれる子ども達の笑顔は本当に貴重である。 この感動が親子の絆を深め、生涯に亘る信頼関係を深めていく。保育は理屈ではない。如何に信頼し認めてやることができるかである。 子どもは私達保育者の生活態度を見て育つ。どんな心で接してくれたか、子どもは良く見ている。聞えないものを聞き、見えないものを見、相手の心を映し出せる子どもには力が備わっていて嘘は言えない。 子育てには躾も大切だが、本当の躾は親の生活態度を見て育つ。子どもの態度は自分の反映であり、腹を立てる前に自分を見直す事の方が大切であると思う。 かく言う私もこの歳になって年甲斐もないことを言ったりして反省し、改めることの難しさを痛感する。子どもの心を素直に受け入れ、学ぶ心を持ち、新しいことに挑戦し続けたいものである。 高島第一保育園を選択して来てくださった皆様に、良い保育を提供したいと念じております。これからのより一層の努力を約束するとともに、皆様の一層のご理解とご支援をお願いいたします。 |
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