|
|
夢挑戦
二千年は子どもの時代の到来
| 1900年代は人間の歴史に於いて、曾てない物質的繁栄の時代を迎えた。情報化・国際化、あるいは宇宙に飛び出し、日本も閉じた島国から一躍世界の一等国となった。しかし科学技術が発展し、物質的には豊かな生活環境が築かれたが、バブルによる経済危機とともに、企業の倒産やリストラ、失業も深刻な様相を示し、また曾ては考えられなかった凶悪な犯罪が増加している。教育の現場は登校拒否やいじめに始まり、暴行や殺人事件にまで発展し、全国的に学校崩壊寸前という実情である。 正月にも学校の窓ガラスが数百枚破壊される事件が起り、現在も犯人捜索中と報道されている。殺人事件も、犯人の意識の中では窓ガラスを割るのと大差ないらしく、「学校に恨みがあるから」生徒を殺すような、理不尽な動機で生じている。 この様なことが何故起って来たのか、学校教育の中で不可思議な現象が生じている。しかし、すべては原因があって結果が生まれている。その原因は昨日今日生じた単純なものではなく、これらの事件も、今までの教育の在り方そのものの是非を問う警鐘とも言える。 何が問題であり、何が問われているのか知りながら見過ごしてきた、教育行政や教育者の怠慢の中で、今子ども達の教育の場が不穏の様相を示してきている。閉鎖された教育の空間の中、外からは口をはさむこともできず、また何人かの心ある教育者が努力しても焼け石に水であり、次第に努力する気力すら失って大勢に呑まれてしまう、そんな教育制度に対して一般庶民は不信感を持っている。文部省はこれを避けて通ることはできない大変重大な問題であるが、ついに二千年に持ち越してしまった。 新しい時代の創造者は子ども達であり、彼等は大切な人材である。その人材教育の在り方が日本の将来を決すると言っても過言ではない。 教育こそは国家百年の大計であるが、文部省は何を考えて人間育成をしようとしているのか、あるいは文部省は一生懸命考えているのかも知れないが、何故それが現場に活かされないのか。 学歴社会を形成したのは、文部省の学校教育政策によるもので、偏差値重視の知的教育の成せる業である。しかし、人間には個性があり、生まれ持った使命はそれぞれ異なっている。能力や目指すものは違って当然であり、評価の在り方も異なる。しかし教育の現場に於いて、その個性を切り捨て、意欲を失わせ、人間として大切な生きる希望すら失わせる結果を招来させてきたように思える。 また親達も、よい学校に入れるために塾通いを始め、勉強勉強で子どもの気持ちを充分受け入れることなく、学校教育制度の中で、子どもの考えや心を無視し、そのために家庭内暴力や自殺などに追いやる結果ともなり、親子の絆や信頼関係を失わせて家庭崩壊の原因となった例もあろうかと思う。そのような場合でも親が子どもを思う気持ちは存在していると思うが、子どもが自分の所有物ではなく、一個の独立した人格であることを理解せず、また自分自身も一人の人間として生きていないことが悲劇の原因のように思う。 教育改革は歴代の首相が毎度掛け声を掛けるけれども、制度の壁が厚く、中途半端で終わってしまっている。 経済界も、厳しい状況の中、雇用も少なく、採用に当っても高学歴優先の時代は去りつつあるように思われる。意欲や人格を重視した、本当の人材を求める時代がやってきた。 「じんざい」には4つのケースがある。「人在」「人材」「人財」「人罪」 最初にはただそこに人が在るというだけであっても、その人が自分にかけられている期待を理解し、自分自身の向上を努力してゆけば、有望な「人材」となり、やがてはその場になくてはならない宝、「人財」となる。そのような人作りはそれぞれの経営者の責務である。その為に経営者、責任者は、仕事に対する使命とその責任を遂行し、経営理念を明示し、それを職員が実践できるように具体的に、わかりやすく伝えていかなければならない。 大変な仕事であるが、自分の夢を理解し、共に実現のための努力をしてくれる人材に恵まれる喜びは大きい。 私はこの1月10日で満77歳を迎える。1900年代の八割の年月を生かさせていただき、色々な環境の中で人生を歩んで来た。親にも、私のやりたいことは殆ど自由にさせてもらい、失敗や大変なことも沢山あったが、その後始末もしてきてくれた。色々な経験のなかで今日を迎えるが、今、私が在るのは父母のお陰であり先祖のお陰であると思う。このように文章を認めながらも目に涙が浮かぶ。彼方から親が激励し見守ってくれることに感謝して生きている。 人間個人の力は吹けばすぐ飛ぶ木の葉のようなもので、目に見えない多くの魂の支えで今日がある。自分の力にうぬぼれてはおしまいとなる。常に報恩感謝の気持ちを持つことが夢を実現させてくれる。 誠実な気持ちで一つ一つ積み重ねていけば、いずれ夢は叶い、さらに大きな夢が生まれてくる。自分が思ったことは自分で実現できることである。人生は死ぬまで、生ある限り挑戦である。自分の夢の実現が、人類社会に少しでも貢献するならばこの上ない幸せである。 保育園の平成11年度、高島第一保育園開園して32年に余すところ3ヶ月となりました。 32年に亘り保育園に関係して下さった先生方は三百名に近い。それぞれの個性を発揮し、夢を持って精一杯高島第一保育園の保育を構築し、その時々の園の子ども達の状況に応じながら、色々な保育に挑戦し、実績を積み重ねてきてくださった。その内容は総て製本し、記録に留めている。 そして昨年も本当に子どもの姿に感動することがいっぱいあった。声がしっかりし、遊びが充実し、健康で体力に自信ができ、リトミックや絵画、英語なども決してやらせではなく、積極的にやろうとする態度には感心させられる。保育園が楽しく、集団に自然にまとまりが生じ、保育者と子ども達が一体化しているように思われる。5歳児は、殆どの子どもが一輪車に挑戦し、乗れるようになり、色々な乗り方を工夫する。運動会で最年長児としての行動を堂々と果たし、低年齢の子ども達に夢をいっぱい与えてくれたように思う。 12月25日、倉敷市芸文館での岡山県器楽合奏連盟による発表会に参加し、堂々たる演奏は鑑賞者の心を惹き付けた。審査員の講評もよく、優秀賞を戴いた。5歳児の保護者の殆どが参加されたが、我が子のこのような姿はおそらく想像もされていなかっただろうと思います。 人間にはそれぞれの個性があり、常に創意と工夫で我が人生を生き抜く。その自信を与える保育が最高と思います。子どもを信じ、その意欲を育てることが保育の成果だと思っている。毎日の積み重ねのなかで楽しかったこと、いろいろな体験のなかに多くの夢を秘めて卒園を迎えることと信じています。 あと3ヶ月で、今のクラスともお別れ。生活発表会、お別れ会、竜之口登山など自信いっぱいつなげて卒園し、楽しい保育園の思い出が生涯に持ち続けられる事はこの上ない幸せな人生になる事を確信しています。 高島第一保育園に於いてもこの一月は大きな夢が開かれます。それは昨年7月から準備し、1月5日スタートの、駅型保育試行事業が厚生省の外郭団体であるこども未来財団から認可された「みかど貴ッズガーデンだいいち」の開園です。 岡山県で初めての駅型保育園の誕生です。 この事業は育児と就労の両立支援を目的に、平成六年度から実施されており、通勤に便利な駅ビルや駅に隣接する場所に設置された保育施設で、乳幼児保育事業をモデル的に実施する場合、運営費などの助成を受けることができる。ただし、各地域の経営者協会の協力が必要で、これまで全国28箇所保育施設が認可を受けている他、本年度は新たに10箇所の追加が決まっている。 この駅型保育事業は、児童福祉法の範疇にない。制度から言えば無認可保育施設です。日経連独自の財源により、育児と就労の支援を目的に行われている助成事業です。 保育界では3年位前から、「保育サービス」という言葉が登場し、耳慣れない言葉に対し反発を感じる園も多い。しかし、駅型保育では、まさに「育児と就労」の保育サービス事業として、お母さんの為の施設ということが前面に打ち出されています。そして「お母さんにとって良い施設」というサービスの内容には、当然「子どもも喜んで通園する」ことも必要で、児童福祉と親の支援の統合という、保育の先駆的な役割を提唱されています。 今の子育て困難な社会制度の中で、本当に児童福祉を思えば、どうしても親が少しでも安心して働ける環境の提供が必要です。子どもはまず親の心を反映して育つからです。親が生き生きと夢や生き甲斐を持って生きていることが何よりの子どもへの教育ではないかとも思うことさえあります。 新しい保育の時代に、駅型保育に取り組み、親にとっても子どもにとっても望ましい一つの保育のモデルを模索し、提示し、広く世に問うことが私達の使命だと思っています。運営自体は大変厳しく、いくつもの難問を抱えていますが、それでも精一杯取り組み、認可してくださったその期待に応えるためにも、たくさんの子どもや家族の皆さんに喜んでいただき、地域に貢献していかねばと思っています。まだ手探りで不充分な点も多いですができる限りの努力をしていきます。永い目であたたかく見守っていただきたいと念じています。 この設立・開設に当って岡山県経営者協会の常務理事である片岡敬之氏、次長の建部宏明氏には本当に我が事のようにご尽力いただきました。いろいろ各企業団体の皆様に当方の趣旨をお伝えいただき、協力を呼びかけてくださって、大変なご多忙にも関わらず有難いことと深く感謝しております。このような皆様のご厚意に応えるべく、本当に社会に貢献する保育施設運営をしなければと決意も新たに2000年のスタートを切りたいと思います。 今年も精一杯やっていきます。どうぞよろしくお願いいたします。 |
|
|